ねえ、駆け落ちしようか

 蝉の声が五月蝿い。長くなった日はギラギラと容赦なく照りつけている。そんな中俺は突然奴に呼ばれた。兵士のことなど歯牙にもかけない人間であるというのに、珍しいこともあったものだ。
 俺は奴のことが心の底から気に入らなかったが、それでもこの世界、上官の要請を無視する事が何を意味するかは理解しているつもりだ。まして奴は帝国軍屈指の天才軍師であり、俺と同い年のくせして発言力は天と地の差なのだから。
 故に仕方なく俺は奴の執務室の扉を叩く羽目になったのだ。
「どうぞ。」
 短い了承の言葉を受けて中に入る。入った途端に窓から差し込む日の光が眩しかった。奴――折原臨也はその窓の前に机を構えて座っており、逆光のせいで表情があまり読めなくなっていた。きっとわざとだろう。交渉を有利に進めるための工作に違いない。嗚呼、こういうどこまでも作為的なところが俺は心の底から気に入らない。
「何の用でしょうか。」
「うん、シズちゃん。」
 臨也は相変わらず俺のことをふざけたあだ名で呼ぶ。幾ら俺が准将の奴から見て遙か下の少尉だからと言って、バカにし過ぎだと言うのだ。嗚呼、全く気に入らない。
 臨也は徐に立ち上がって窓の外へ体を向けた。日の光を遮って、戦闘機が走りゆくのが見えた。
「この戦争ね…多分、いや絶対、負けるよ。」
「は……?」
 俺は言われた言葉が理解出来なくてそんな間抜けな声を返すことしか出来なかった。
 何を言っているのだ、この上官は。今の言葉が意味することを理解して言っているのか。聴かれていたらどうする。ここは帝国軍の頭脳部で、彼はそのトップに近い位置にいる筈だというのに。
「シビリアンコントロールがどうこうって話を始めたらキリがないんだろうけど。質量とか情報とか、勝つに必要なものが不足し過ぎてる。ドイツは未だにソ連がお嫌いな様子だし、アメリカも良くない動きばかりしてる。ちょっと思い上がり過ぎたねえ、この国。」
 正直なところを言うと。俺は臨也の言ったことをあまり理解していなかった。言ってしまえば俺は兵隊で、軍略とか戦略とかそういうものを知っている必要はなかったのだ。不本意ながら、知らなくとも死なない自信があったというのもある。
 しかし、この臨也の発言が冗談や嘘の類でないことは分かった。それくらいのことを悟れる位には、俺はこの苛つく上官のことを知っていた。
「…それで、どうするって言うつもりですか。」
「まあ誰かの為に命を賭すという生き方を俺は否定するつもりはないよ。それはそれで立派だと思うし。でも俺は御免なんだよねえ。そうならない方策があるのに負け戦をして死ぬのはさ。でもこのままここに居たって、負けた末に責任取らされて死ぬだけだろ?理由のない死を受け入れるつもりは俺にはない。」
「…俺がキレる前にさっさと言いたいことを言って欲しいんですがね。」
「まあまあ怒らないでよシズちゃん。つまりさ、俺はこう言いたい。」
 ここで帰らなかった俺を誉めて欲しい。この後臨也が言った言葉にキレなかった俺を誉めて欲しい。そして出来るなら、その申し出に喜悦を感じてしまった俺を詰って欲しい。
 それくらいに。有り得ないことを奴は言い放った。
「俺と一緒に逃げてくれない?」




5/8 マキャベリ(携帯サイト)のめのこ様宅茶会ログ。
この後愛の逃避行編に続いたり…し、ない。しないよ!アイディアゼロ。
ちょっと書こうかと思ったけど思い付かなくて止めた。見切り発車にも程がある。
タイトルは笑うところ。