回らないカレイドスコープ

 人間は万華鏡のようだと思う。持っている要素は限りあるものなのに、組み合わせ次第でどこまでも無限に可能性は広がる。臨也はそんな人間を見ているのが好きだった。子供の頃に誰だって楽しむ万華鏡遊び。本物の万華鏡はいずれ厭きてしまうが、人間は見飽きない。何せ、量が多い。中に入っている色も、種類も全く違う人間がいくらでもいる。
 現在臨也の前にはそんな人間の内の1人が座っていた。少し前から臨也が気に入っている万華鏡の1人だ。当然名前もしっかり覚えている。竜ヶ峰 帝人。名前からして愉快な少年だった。
「臨也さんって、凄いですよね。」
 更に愉快なことに、この少年はどうやら臨也に対し尊敬、とはいかないまでも、少なくとも好感を持っているようだった。
 万人が嫌う自分に対しなんと滑稽な。そう思いながら、臨也はにっこりと人好きのする笑みを浮かべて訊ねる。
「ふうん、どんなところが?」
「臨也さんは僕の知らない世界のことを色々知ってますよね。進化し続けないといけないって言葉…まだ覚えているんですよ。」
「君は非日常が好きだねえ。」
「いや、そういうわけじゃ」
「いいんだよ。それはそれで実に人間らしい。俺は好きだね。」
 非日常への渇望。
 それが、この帝人という少年の奥底に眠る輝きだった。日常を捨て去った自分に対する反応から見て間違いないだろうと臨也は思っている。思春期に特有の自己顕示欲だ。彼は己を他者と隔絶し、主人公に列席する事を望んでいる。いや、それよりももっとのし上がろうとすら思っているだろう。のし上がれるとすら思っているだろう。友人とすら己を区別し、特別を求めてさまよい歩く。
 ああ、なんと滑稽な道化師だろう!臨也は心の中で声を上げて叫んだ。なんと人間らしい。
「でも、僕は大したことない人間ですし。」
「そうかな?」
「そうですよ。」
「本当にそう思ってる?」
「それは、」
 畳み掛けるような臨也の問いに帝人が言い淀む。それを見逃す臨也であろう筈がなく、彼は帝人に対して尚も言い募った。
「君はこう思ってるんじゃないかな?自分はここで終わる人間じゃないってね。こんな風に、誰からも省みられずに生きていくのは御免だってね。さてそんな君に質問なんだけど。」
 臨也の唇がにいと弧を描く。
「自分に限界がないと思ってる?」
「…げ、限界ですか?」
「そう、限界。」
「そりゃ、勿論ないなんて」
「思ってるね。でも残念、あるんだなあ。限界のない人間なんて居得ないよ。それこそシズちゃんくらいになれば話は別だけどね。誰にだって限界はある。物理的な限界とかそういうものだけじゃない。短い命の中でどこまで高みに登れるかとか、どこまで大成出来るかだとか。そういうことにだって限界はあるんだよ。進化にも限りはある。非日常なんてね、あってないようなものなんだよ。必ずどこかで行き詰まる。それでも君は非日常を望むかい?」
 帝人の言葉を遮って臨也はつらつらと語りあげた。帝人は初めて見る臨也の表情に呆然とし――しかし、どこか憧れを滲ませた様子で応えた。
「僕には限界があると思います。でも、臨也さんにはなさそうですよね。」
 くすり。
 臨也が笑った。それから、声を上げて笑い始める。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ」
「あの…臨也さん?」
「良いこと教えてあげようか。」
 帝人の不安げな視線にふっと笑いを収め、臨也が妖艶に囁く。
「俺には、物心ついた時から自分の限界なんて見えてたよ。」
 ――折原臨也は、普通の人間だ。突出した暴力を持っているわけでもなければ、人を殺すことに何の感慨も抱かないようなタイプでもない。普通の人間が持ちえる欲望や勢い余って踏み越えてしまうような禁忌。それを全て同時に持ち併せているだけだ。
 ただ、一つだけ。一つだけ他人と違うところを挙げるとするならば、彼は生まれつき頭が良かった。良すぎたと言ってもいい。だから彼には物心ついた時から、自分の限界というものが分かってしまった。自分という万華鏡の中に何色が入っていて、どんなパターンの模様を見せるのか。それが、彼には物心ついた時から全て分かってしまったのだ。
「偶にさあ。自殺志願者を観察している時に、見掛けるんだよね。自分の限界を悟って絶望しましたって人。その度に俺は思うんだよ。なら、まだ文字も知らない幼い頃から限界が見えてしまった人間の気持ちは分かるのかってさ。」
 別に臨也は同情を誘いたいわけではない。ただ、彼は自分に憧れる少年に、自分の立つ位置を教えているだけだった。自分の見ている世界の一端を語っているだけだ。何故なら、同情など彼には苦痛でしかない。普通に日常を謳歌する人間に、彼の世界など理解出来る筈もないのだから。
「いいかい、帝人君。君が限界などないと言った俺には、限界なんて当の昔に見えているんだ。限界なんて見えているから、俺はその限界の範囲内で好きにやらせて貰っているだけさ。だって、でなきゃ勿体無いだろう?100が分かっているのに50しか使わないなんて人間は、100があまりに途方もなくて見えない程に大きい、シズちゃんみたいな人だけだよ。そうでないなら、100は使いきらなきゃどう考えても損だ。人間は死んだら無に還るしかないんだからね。まあ、天国ってのがあるなら考えるけど…貯金をするにはちょっと期待薄だなあ。だから俺は死が怖い。怖くて怖くて仕方ない。自分の限界すらも達せられないなんて怖くてゾッとするね。だからこそ俺は、生きている内にあらゆる欲望を満たそうとするし、死なない範囲で禁忌にも手を出すよ。自殺志願者の皆様は途中でその100に気付いて絶望するんだろうけど、ねえ。始めから分かってたらこっちだって悟る。欲望も禁忌も掴まないと損って事くらいはね。あ、でも言って置くけど馬鹿にしてるわけじゃないよ。俺はだから人間が好きなんだ。俺に見えてる限界が見えていない人間の千変万化を見るのが愉しい。人間は俺にはない無限の可能性を持ってる。それを見るのは俺にとって至上の幸福ってことなんだよ。つまり君が俺に憧れるならばそうならなきゃいけないってことになるんだが…なりたい?」
 臨也の言葉の洪水に、帝人は先ほどよりも増して呆然とせざるを得なかった。自分は甘かったと言うことか。目の前に居る人間は住む世界が違いすぎる。
 しかし一方で、帝人は臨也に哀れみを覚えていた。帝人に自分の限界なんて見えない。見たくもない。中二病と呼ばれてもいいから、まだまだ無限を信じていたい。だから、考える。
 ――限界が見えてしまうことの不幸を。
「限界から目を反らせばいいじゃないですか。」
「君の大切な友人の一人はそうしてたよ。友人って正臣君ね。紀田正臣君。彼は俺に限界を見せられてから、それから逃げるために毎日必死さ。自分からは逃げられないのにねぇ。ついでに言うと、君の大切な大切な園原杏里ちゃんは当に自分の限界に見切りを付けて諦める生き方を選んでる。」
 突然臨也の口から友人の名前が出て来たことに帝人は戸惑った。しかし、驚きもしなかった。彼らの話はいつか三人でと決めている。興味を持ってはいけないことなのだ、これは。
 だから帝人は敢えて、折原臨也に問うことを選んだ。
「臨也さんはそうしないんですか?」
「無理だよ。俺は見せられてるんじゃなくて、見えているんだから。」
「でも、じゃあこう考えることも出来るじゃないですか。限界を超えればいいって。」
「ああ…」
 臨也は帝人の言葉に、初めてその表情に憂いを滲ませた。
「それを言ったのは、君で二人目だ。けどね。」
 臨也の脳裏に1人の人間が浮かぶ。帝人とは違う意味で限界が見えていなくて、限界が見えないが故に恐怖している人間。自分とは対極に存在していて、だから自分が嫌いな人間。自分を嫌いな人間。昔、彼に一度だけ戯れにこの話をしたことがある。そうしたら彼は予想通り『うぜぇ』と手にした道路標識を振り回し、自分に投げながら叫んだ。
『限界が嫌ならなくしちまえばいいだろうが!』
 頭の良くない彼らしいシンプルな回答だなと思い、その時は笑って流した。今はそれにこう答えよう。
「俺が君達と同じ世界を見られると思う?」





天才は不幸を地でいく臨也君が好きです。臨也君の見ている世界は誰も共有出来ないんだろうなあと勝手に妄想して悶える。世界から強制的にぼっちにされてる臨也君萌え!超絶萌え!
でもぶっちゃけ帝臨でも静臨でもないと思う。ごめんなさい。