賢者は黙して語らず

「『生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。』」
「死ぬべきだろ。」
「あはは、酷いなあシズちゃん。」
 眼下から聞こえて来た声に、臨也は笑ってそう応じた。場所は来神高校屋上。時間は昼休み。臨也は貯水タンクの上に立っていたのだが、そこへ静雄が現れたのだった。この2人が屋上に居るという時点で、もはや他の生徒は一人も居なくなっている。
 臨也の姿を認めて、静雄が不機嫌そうに眉を顰ませた。
「何で手前がここに居る。」
「それはどちらかと言うとこっちの台詞だね。先に居たのは俺。消えてよシズちゃん。」
「手前だよ。」
「ま、実際さあ。」
 臨也がナイフを取り出して戦闘…否、戦争開始かと思われたが、意外なことにそこで臨也は静雄から視線を外した。静雄の方も、頂点に達しかけた怒りのメーターが中途半端に手を離された形となり、何となく臨也の次の言葉を待ってしまう。
 臨也は貯水タンクの上からどこまでも広がる池袋の街並みを見下ろしていた。
「人間からすれば、消えて欲しいのは俺の方なんだろうねぇ。」
「は?」
 いよいよ臨也の台詞はいつものレールから遠く離れて明後日の方向へ向かい始め、それに比例するように静雄の思考は困惑を通り越して混乱に差し掛かった。問答無用で黙らせる方法もあるにはあるのだが、それをするには目の前の男は現在自分に何もしていない。
 臨也を目の前にした静雄にそれくらいの理性が働くくらいには、当時の2人の仲はまだ普通だった。
 そんな静雄の様子など気にも留めず、臨也は尚も地上の人々に語りかけるような演説を続ける。
「『生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。』そう、もし俺がかの王子ハムレットの程度の良心を持っていたならば、どこかで死を選択するのだろうけど、残念ながら俺にはそんな良心はないらしい。だって俺は人間を愛してる!愛ある行為に罪なんてない。そうだろ?」
 抜けるような青空の下に響く声はさながら一つの演劇の如く、しかし観客はたったの1人だった。その観客であるところの静雄にしても、聞くつもりがあって黙っているわけではない。敢えて言うなら、空気が。臨也のいつもの相手をおちょくる言葉ではなく、明確に聞かせる意志を持った強い言葉の空気があった。
「故に俺はどこまでも卑怯で外道な自分を全く制限しない。人間からすれば、消えて欲しい存在だろうねぇ。それでも構わないさ、俺は愛されるより愛したいんだから。死ぬべき存在なんだろうねぇ。でも残念、俺は死が怖くて怖くて仕方ない!――さて、シズちゃん。」
 臨也が漸く静雄の方へ顔を向けた。
「To be,or not to be.That is question.」
 臨也の言葉はあまりにも利己的だった。彼は自分が愛したいが為に非道を厭わず、自分が厭うが為に死を拒む。全て彼の欲望で、そこにはどこまでもエゴイズムしか存在しない。ただ一点を除いては。
 勿論、そんなことを頭で弾き出せるほど静雄は頭が良い男ではない。だが、彼の本能とも言える部分は正確に臨也の本音であろうその一点を掴んでいた。だから、臨也に問われたその英語が理解出来なくても彼は求められていない答えを口にした。
「お前、そんなに愛されてぇのか。」
 臨也はその答えを聞いて一瞬目を見開き――それから、凶悪な笑みを浮かべた。
「やっぱりシズちゃんは嫌いだなあ。要らないことは言わなくていいのに。」
「ああ、俺もお前みたいな口だけ達者な奴なんざ大嫌いだよ。」
 2人の遠くで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。




相変わらず頭おかしくてすみません。来神である意味あんまりないかも知れない。
シズちゃんが自分の力を嫌うように、臨也君も自分の欲望を嫌ってたりしないかなあと。2人とも、それが自分で制御出来なくて愛することや愛されることを諦めているのではないかという妄想。
うーん尽きませんなあ。
ちなみに、『生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。』はシェイクスピアのハムレットの名言ですね。臨也君ってこういう知識深そう。