でも普段は言ってやらないのです。

※キャラ崩壊注意報発令中






 その姉妹にとって不幸だったのは、中二病を患っていたこと。
 その姉妹にとって不幸だったのは、まだ幼い少女であったこと。
 その姉妹にとって不幸だったのは、折原臨也を兄に持っていたこと。
 その姉妹にとって不幸だったのは、折原臨也が人から恨まれていたこと。
 それでもその姉妹にとって幸運だったのは、折原臨也が兄であったことだった。
 青年達は戦慄していた。
 彼らは高い金で集められた只のごろつきだ。彼らの仕事は、雇い主の折原臨也への復讐の実行犯。彼らは折原臨也のことを知っていたが、喧嘩に特別強くないことも知っていた。逃げ足は速いが、例えば多人数で囲んで勝てない相手では決してない。
 問題は、多人数で囲めるかどうか、の方だ。彼らは折原臨也の噂を知っている程度だったが、だからこそ喧嘩ではないその男の強さに対しある程度の恐怖を抱いていた。ごろつきは喧嘩屋みたいなもので、喧嘩以外のフィールドで特別取り柄のある人間は少ない。
 そこで、彼らの雇い主は二枚の写真を提示した。中学生くらいの幼い少女の写真だった。雇い主は言った。この2人は折原臨也の妹なのだと。 陳腐な方法ではあった。しかし、分かりやすい方法でもあった。そして、頭の良くないごろつきの彼らは、その分かりやすさに賛同した。
 斯くて計画は遂行され、成功した。いくら彼女達が折原臨也の妹だろうと、護身術に長けていようと、相手は生粋の喧嘩屋であり――いつかのようにヴァローナという強者がいるわけでも、改造スタンガンを持つ少女がいるわけでもない。多勢に無勢という言葉がある。つまりは、そういうこと。
 さて、舞台は郊外のある倉庫の中――。

「まあ、そいつらは確かに困った中二病で俺としても手を焼いてるんだけどさ。」
 真っ黒なコートを身に纏った彼らのターゲットは、妙な威圧感をもってその空間を支配していた。
 青年達は戦慄していた。彼らは折原臨也を知っていたが、噂で知っていた程度であり、それがこれほどに規格外の男であると知っていたわけではなかったからだ。
 臨也は尚も緊張感のない様子で言葉を続ける。
「でも、これはないよね。あまりに突発的過ぎて美的センスの欠片もない――まあそれが馬鹿な人間の可愛いところでもあるわけだけど。まあ、百歩譲って俺が計画の内情を知る一瞬前に実行に漕ぎ着けた俊敏さは評価するとして。うん、そうだね。俺の予想を覆したという点では合格点だ。やっぱり人間って素晴らしいよね。愛しても愛しても事足りない。そうだろ?でもさあ。」
 臨也の表情が凶悪に歪んだ。青年達の背に得体の知れない寒気が走る。数では圧倒的に勝っている。喧嘩で負ける相手ではない。けれども青年達は、その雰囲気に、負けていた。
 シュンと、静まり返った倉庫内に鋭い音が響く。臨也がジャックナイフで空気を一閃した音だった。
「この俺の妹に手を出して、無事で居られるとは思ってないよね?」
 スッと臨也が青年達の方にナイフの切っ先を向ける。それが合図だった。
 凍った時間が解けるように、青年達は臨也に向かって走り出した。そう、数なら勝っていた。ある者は得体の知れない恐怖から逃れる為に。ある者は自分達の優位を確かめる為に。ある者は耐えきれない緊張を打破する為に。走る、走る、走る――。
 その背後で、2人の少女がその様子を見守っていた。驚きと、ほんの僅かの羨望をその瞳の裏に潜ませて。
「びっくりした。本当に来るとは思わなかったよ。ね、クル姉?」
「驚(おどろいた)。」
「でも、イザ兄アレは流石にやばくないかなあ?凄い挑発してたけど、あの人数捌けるほど強くはないっしょ、イザ兄。」
「危(あぶないかも)。」
「ま、だから私達が居るんだけどっ」
 臨也があまりに異様な登場の仕方をしたために、青年達は彼女達のことを殆ど忘れていた。
 ――それが破滅への導となるとも知らず。
「確かに私達は化け物じゃあない。」
「人(人間で)……化(化け物の)……妹(いもうと)。」
「でも、化け物を呼び出す方法なら知ってるんだから!」
 舞流はポケットの携帯を引きずり出してにいと笑った。警察になど連絡しない。そんな、兄に迷惑を掛けるような真似はしない。
 ただ、知り合いへ。彼女達姉妹の愛するもう一人の化け物へと、舞流はコールした。

 切れた携帯電話を見つめて、平和島静雄は暫し沈黙した。さて、さて、さて。これは一体どうするべきか。
 仇敵の妹からの珍しいコールは、なんと仇敵を助けて欲しいと言う。静雄としては義理が無さ過ぎて逆に怒る気になれなかった。妹の方は素直なのでそれなりに気に入っているのだが…。
「…あのノミ蟲を?」
 思わず独り言で突っ込んだ。予想外の出来事に、もともと良い方ではない頭の回転が更に鈍ったような気がする。
「いやいやいや…」
 静雄は尚も一人ごちる。せめてもの救いは仕事がなかったことか、あまり他人に話したい事態ではない。
 殺したい程憎い仇敵が、自業自得で死にそうらしい。そう、殺したい程憎い仇敵が。
「死んで貰うタイミングじゃねぇの、これ?」

(流石に…多すぎ。)
 折原臨也は、乱闘の渦中で顔をしかめた。喧嘩慣れはしている。しかし、慣れと強弱は少し意味が違うというか、そもそもシンプルな喧嘩の場合、数の差はなかなか埋めがたい。別に臨也は漫画や小説の主人公のように、圧倒的な強さを有しているわけではないのだ。
 八割が本音から放たれた最初の挑発で、妹2人から青年達を引き離すという目的は恐らく達成出来たが、結局のところ臨也自身も妹と大して変わるわけでもなく。
(新羅に診て貰える程度で済めばいいんだけど。)
 全く困った妹達だと小さく舌打ち。その時、急所を守ろうと翳したナイフが弾かれて宙を舞った。
「………ッ」
 いよいよマズいか。そう考えた矢先、今度は倉庫の扉が宙を舞うのが目に入った。
 臨也は心の中で天を仰ぐ。全く困った妹達だ。一体誰を呼びやがったのか、臨也はその姿を見ずと答えを悟った。その上、タイミングの良さがヒーロー体質過ぎて余計に癇に障る。
「シズちゃん、俺呼んでない。」
 沈黙に包まれた中で臨也の声がいやに響く。静雄はそれを一瞥して、ぞんざいに答えた。
「俺も手前に呼ばれた覚えはねぇ。」
「あっそう。」
 それで会話は終わった。青年達はと言えば、現れた人物を目に映してフリーズしていた。彼らは静雄のことを知っていた。彼らは喧嘩屋であり、喧嘩屋であるからこそ静雄のことを嫌という程知っていた。喧嘩屋の彼らにとって、平和島静雄という存在は、折原臨也よりもずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと会いたくない存在だった。曰わく魔神。曰わく鬼神。曰わく怪物。曰わく化け物。
 青年達は動揺した。池袋に住んでいて、折原臨也と平和島静雄が犬猿の仲であると知らぬ人間はいない。だから、動揺した。何故ここに静雄が現れたのかと、臨也自身も一瞬考えてしまう理由で。
「あー、っとお。」
 フリーズした青年達に静雄が声を投げる。
「俺、喧嘩って嫌いなんだよな。でも頼まれたことを無視も出来ねぇし。」
 平和島静雄はその名前らしいことを淡々と語る。
「大体それの為に暴力とか使いたくないんで、その、あれだ。それ置いてさっさと消えろ。」
 青年達は暫し沈黙した。金か、死か。答えは考えるまでもなかった。
 脱兎。その言葉が相応しいスピードで散った青年達を見送って、静雄がくるりと倒れ込んだ臨也の方に向き直る。
「良い眺めだなあ、イザヤ君よお?」
「だろうよ。」
「妹に感謝するんだな。」
「むしろ君に借りを作ったことを憂いたいけどね、俺は。」
「俺に無断で死んでんな。」
「善処するよ。」
 ははっと苦笑して起き上がりかけた臨也だったが、どうもそこまでの余力はなかったらしく再び冷たい地面にバックする。
「困ったなあ…シズちゃん、運んでよ。」
「知るか。」
「だよね。」
 静雄の予想通りの答えに満足したのか、臨也は携帯を取り出してどこへかとコールする。会話の内容から察するに、静雄の友人でもある闇医者か。
 臨也が会話している間に、パタパタと足音がして、2人の少女が奥から姿を現した。
「来(来て下さると)……思(思ってました)。」
「私達、ますます静雄さんのこと好きになっちゃった!」
「お前らは兄貴に助けられたんだろ。」
 静雄の言葉に少女達は顔を見合わせる。
「うん、イザ兄はもっと大好きだよ!」
「……愛(愛してますから)。」
 最も、電話中の兄にその言葉は届かなかったのだが。

 後日、青年達の雇い主が折原臨也によって、平和島静雄に殴られるより酷い目に遭わされたのは、また別の話。




要するに、シスコンとブラコンに静臨を絡めてみたかっただけなんですが。書き終わったら別人になってました。
臨也君って虐めたくなりますよね。原作でいつも余裕綽々なんで。