ゲシュタルトチャイルド

「昨日は池袋が少々賑やかだったみたいだねえ。」
 1月29日、朝、新宿某高級マンション。矢霧波江が彼女の職場に足を踏み入れてから聞いた、雇い主の第一声である。無視して仕事の話を切り出しても良かったのだが、彼女自身昨日のその「少々賑やか」とやらに心当たりがあった為、続きを促すことにする。
「何かあったの?」
「昨日はね。俺にとっては一年で最も忌むべき日であり――同時にこの世界にとっては記念日と言ってもいいかも知れない。キングの誕生日さ。」
 憎らしそうに、或いは苛々と、そしてまた或いは苦々しく。雇い主――折原臨也は千変万化する負の感情を織り交ぜながら答え、手元にあったチェス盤の白いキングの駒を指で弾いて転がせた。
 そんな自らの雇い主の様子を見ながら、しかし顔色一つ変えることなく波江は淡々と自らの経験を吐き出す。
「だから昨日、あなたの妹が妙にはしゃいでたのね。」
 その言葉に、臨也の柳眉が僅かにしかめられた。それは先刻チェスの駒を弄っていた時よりはずっと微かな、しかし確かに感じられる表情の変化。正に「聞きたくないことを聞いてしまった」といったような顔だった。
「あいつらに会って来てたのか。」
「あの子達は優秀よ?少なくともあなたよりは信用出来るわ。」
 波江もそんな臨也の様子には気付いていたのだが、特に気にすることもなく言葉を返す。臨也が嫌な気分になろうがなるまいが興味がないとでも言うように。
 臨也の方もそんな波江を咎めることはせず、会話は何事もなく進んでいく。
「それは酷い言い種だなあ。雇い主なんだから少しくらい信用して欲しいんだけどね?」
「あなたが少しでも信用出来ることをしたら考えるわ。例えばあの雌猫を殺してくれるとか。」
「あはは、俺が人間を殺すと思う?」
「だから信用出来ないって言ってるのよ。」
 相手は仮にも仕事の上司であるにも関わらず、波江は容赦の欠片もなく臨也のことを酷評する。それはいつも通りの光景ではあったのだが、些か臨也にとっては「いつも通り」ではなかったらしい。しかめた顔のまま反駁めいた言葉を口にした。
「でもあいつらは信用出来るわけだ?」
「あの子達はあなたと違って素直だもの。相変わらず苦手なのかしら?」
「前に、あいつらは俺の影響でああなった、て言ったろう?」
 軽く溜め息を吐き、チェス盤の隣に置いてあったパソコンのキーボードを叩きながら波江の問いに答える臨也。
「そのあいつらが、幽君の次とはいえシズちゃんにご執心っていうのがね。あいつらは俺を好いていないからその俺が嫌いなシズちゃんを好きになるのも道理なんだけど。まあ勿論、それは逆にあいつらが1人の人間だという証拠でもあるんだが………と。」
 臨也の言葉が途切れる。パソコンの中に何かを見つけたらしく、それまでの表情を一変させて実に楽しそうな笑顔を浮かばせた。口の端を吊り上げたまま、トントンと画面を叩いて波江に示す。
「見て御覧よ波江。ダラーズも大騒ぎだったみたいだよ。」
 臨也のその不自然な話の切り上げ方に波江は何も言わない。かといって臨也の言う通りに画面を見るでもなく、ただ言葉だけを返す。
「にしては、あなたは昨日池袋に行かなかったのね?」
「行くわけないじゃないか。」
 波江の問いに臨也はそう言って大仰に肩を竦めた。そのまま笑みを含ませた台詞を続ける。
「さっきも言ったように、昨日はシズちゃんの誕生日だったんだよ?シズちゃんが主役の日に何故俺がわざわざシズちゃんがいる池袋に行かなきゃいけないんだい?俺は本来ならあいつになんてもう一生会いたくないんだよ。仕事があるから仕方なく池袋に行くこともあるだけでね。まあ…死体だったらむしろ是非とも拝みたいけどねえ。」
 高らかに詠い上げる臨也のその姿はまるで演説をしているようでもあったが、その唯一の観客の反応は淡白なものだった。
「そう。私はあなたの死体を拝みたいけど。」
「さっきから酷いなあ波江は。俺が君を解雇したらどうするんだい?」
「喜んで出て行くけど?」
「波江のそういうところが好きだよ、俺は。本当に人間っていう生き物はいいよねえ。ダラーズもね、こうして様々な掲示板を見ていると実に面白いんだよ。」
 カチカチとマウスを動かしながら、画面を見ない波江に向かって臨也はその様子を克明に言葉で描いていく。
「幽君が来たらそりゃ騒ぎになるよねえ。流石は仲の良い兄弟だ、兄の誕生日を祝いに来たみたいだよ?泣けるじゃないか。君も弟の誕生日は祝うのかい?」
「愚問だわ。」
「それは結構。ふうん、それに運び屋も来てたみたいだね。これまた騒ぎの火種には十分だ。セルティねえ。なんか昔からシズちゃんと仲良いみたいなんだよなあ、化け物同士気が合うのかね。どう思う?」
「興味ないわね。」
「あっそう。おや…茜ちゃんまで来ていたらしい。」
「粟楠のお姫様?」
「あれからシズちゃんにべったりらしくてね。偶に四木さんに言われるんだが、俺に言われても困るんだよねえ。」
 臨也はその後も昨日の池袋について愉しげに語り続ける。思い付く限りの知り合いの名前をあげつらい、最後にこう言って締めくくった。
「いやはや。人間がありのままに楽しんでいる様は見ているだけでも素晴らしいものじゃないか。」
 するとそれまで取り立てて妨害することなく聞いていた波江が、一言。
「それは嫉妬?」
 それを聞いた臨也はクスクスと笑いながら波江の言葉を否定する。
「まさか。何故俺がシズちゃんに嫉妬なんて!前にも言ったろう?俺は人間を愛せればそれで満足だからね。むしろ、こんな化け物にすら魅力を感じる人間という生き物を愛しく感じるよ。」
「いいえ、人間によ。」
 一瞬、時が止まったかのように室内がしんと静まり返った。
 その間の意味は波江には分からないし、分かろうとも思わない。
 しかし優秀な秘書には、雇い主の僅かな表情の変化を読み取ることは出来た。
 臨也が、感情をなくした声で呟く。
「君は時々…酷く意地が悪いよね。」
「褒め言葉と受け取っておくわ。」



シズちゃん誕生日おめでとうございましたあああああああああ!!!!
って。
全 然 祝 え て な く ね ?
いや、
いやいやいやいやいやいやいやいや、
これはれっきとした静誕なんですよ?静臨なんですよ?臨也君と波江さんしかいなくても静臨なんですよ?臨也君と波江さんしかいなくても静誕なんですよ?
ね?うん。ごめんなさい。
我が家クオリティだと思って許して下さいorz
舞台設定を考慮して今朝落とすつもりだったんですが、結局こんな時間になってしまいました。
誕生日おめでとうシズちゃん!