フリーズゲノム

 どこまでも電子の海だ。折原臨也はボーカロイドと呼ばれるソフトであり、プログラムだった。電子の海には形のあるものは何も存在しない。臨也はその中で歌を歌うだけの存在だった。歌を歌う以外には無為な存在。与えられたメロディーを、彼はひたすら奏で続ける。
 彼に音楽を与える人間は名を門田京平と言う。臨也は自らに意味を与えてくれるこの人間に対して深く懐いていた。
「ねえドタチン!」
『どうした?』
 電子の海からの呼び掛けに門田はちゃんと答えてくれる。電子の海の無為に疲れた臨也にとってそれは一種の安らぎだった。
「そろそろ新曲教えてよ。」
『ああ、それなんだがな』
 門田はそこで言葉を切り、パソコンの前の椅子に腰を下ろした。臨也と顔を合わせると再び口を開く。
「どしたの?」
『お前、どちらかというと高音だろ。』
「まあ男声ソフトにしては高音かなあ。それが?」
『だから、低音と合わせたら良い歌になるんじゃないかと思ってな。』
 ちょっと借りてきたんだが。
 門田はそう言って取り出したCD-ROMをパソコンに滑り込ませた。電子の海が揺らぐ。それは臨也にとって初めての感覚で、何が起こるのかとプログラムの全てに意識を張り巡らせる。暫くしてポンという耳慣れたシステム音と共に、電子の海に新しい存在が現れた。
 金色の髪が特徴的な長身の男だ。臨也に認識出来るということは、意志を持ったプログラムだろうか?
「このプログラムは?」
『低音域のボーカロイドだ。名前は』
「平和島静雄。」
 門田が説明する前に男が答えた。臨也はたっぷりと考えてから口を開く。
「じゃあ、シズちゃんで。」
「あぁ?」
「シズちゃん。あ、俺は折原臨也。宜しくね。」
「手前とは宜しくしたくねぇ。」
「それは全く同感だ。つまり今のは俺からの素晴らしい嫌がらせなわけなんだけど。分かった?」
「黙れノミ蟲。」
「何それ。」
「手前なんてノミ蟲で十分だろ。」
「シズちゃん俺の自己紹介聞いてなかったの?それともプログラム欠陥でメモリー不足してるの?言っただろ、俺の名前は折原臨也だってさあ。」
『…取り込み中のところ悪いが、2人とも。』
 出会って早々撃ち合うような応酬を繰り広げた2人に、門田が控え目に声を掛ける。表情には呆れが浮かんでおり、プログラムの性格に相性があるなどとは予想していなかったらしいことが伺えた。
 門田の声に、臨也があっさりと静雄から視線を画面の向こうの門田へと移す。そのあまりの態度の翻し様に静雄のグラフィックが更なる怒りの感情を映し出した。まだ終わっていない、と臨也の意識をこちらに向けようと手を伸ばす。しかし臨也はそんな静雄などまるで気に留めず、逃れるように一歩、画面の方へ動いた。
「あ、てめっ…」
「何、ドタチン?」
 その一連の様子に突っ込みを入れることはせず、門田は何事もなかったかのように臨也の問いに答えた。
『臨也。さっき合わせるって言ったの、覚えてるか。』
「覚えてるけど?まさか、シズちゃんとじゃないよね?」
 臨也が露骨に顔を歪ませる。門田は一拍置いて言った。
『…その、まさかだ。』
「ちょ、それはないよドタチン。今の様子見てたでしょ?相性悪いんだからさ。」
 臨也の台詞に後ろの静雄が、それはこっちの台詞だ、と言って臨也の後ろ姿を睨み付けるのが門田の目に映る。確かに性格の相性は最悪らしい。
『だが、それは性格の話だろ。デュオ曲も挑戦してみたかったしな、一曲くらいいけないか?』
 思わず臨也は背後を振り返って静雄は顔を見合わせた。五秒程無言で見つめ合った後、再び門田の方へ向き直って恐る恐る口を開く。
「…ドタチンが言うなら。そうしたいところだけどさ。」
 どうしよう、と臨也が小さく呟いた。
ボーカロイドは歌う以外は無為な存在である。歌えなければ意味などない。
 臨也は自らの声が震えているのを感じていた。
「多分、むりだ。」
 まるでプログラムレベルに刻み込まれているかのように。
 静雄とは歌えない。その事実だけを、臨也のAIが叫んでいた。



6/19 我が家の茶会ログ+α
スーパーリクエストタイムで頂いたボカロパロで静臨でした。茶会で出したのがあまりに気に食わなかったので加筆修正しようと思っていたらこんなに遅く…すみません。しかも静臨成分がログアウry
歌うことが存在意義というのはボカロパロで重要な要素だと思う。