繋辞、異常なし

 岸谷新羅はセルティ・ストゥルルソンが命。そんなことは自明どころか常識だ。知らない人間の方がどうかしている。のだが、だからこそちょっと興味が湧いた。ただそれだけの、これは日中の戯言に過ぎない。
 その日臨也は放課後の教室で、委員会が終わるのを待っていた。ちょうど保健委員会の日で、新羅が保健委員なのを彼は知っていたからだ。新羅はと言えば、以前は保健委員会に出て最愛のセルティに会う時間が減らされることに辟易して臆面もなく欠席していたのだが、セルティにそれを咎められたらしく今ではきちんと出席していた。
 キンコーン、と間の抜けたチャイム音が響き、暫くしてぽつぽつと委員会に出ていた人間が教室に戻って来る。その頃になると既に下校時間ギリギリで、どの教室にも殆ど人が居なかった。臨也にとって幸運だったのは、待っていた新羅の教室に居たのが臨也だけだったことだ。
 ガラリと扉が開いて新羅が姿を現す。彼の目は臨也を捉えて少しばかり驚きに染まった。
「待ってるとは思わなかった。また怪我でもしたのかい、臨也?」
 対する臨也は新羅の到来ににっこりと人好きのする笑顔を見せる。普通の人間なら怯えるか油断するか、新羅は臨也のことをよく知っていたのでそんなことはなかったのだが。
 新羅の問いを受けて、臨也はゆるりと首を振ると口を開く。
「別に。今日は昼休み以来シズちゃんに会ってないしね。」
「それは重畳、学校としても私とセルティの時間としても安心だ。でもじゃあなんで待ってたのさ。友達を待つような殊勝なタイプじゃないだろう、君は。」
「いやだな新羅、俺ほど友達想いな人間もいないよ?」
「友達じゃなくて人間想いの間違いじゃないの?無駄話なら遠慮するよ。セルティが僕を待ってる。」
「まあ待ってよ、聞いてけって。例えばさあ新羅。今ここで俺がセルティを好きだと言ったら君はどうする?」
 臨也の口から飛び出たセルティという単語に、新羅はそれまでと同じ表情を浮かべたまま、目だけで臨也の赤い瞳を睨みつけた。
「…臨也。俺は君を友人だと思ってるんだ。殺させないで欲しいね。」
「予想通りの反応を有難う。では第二問。じゃあ俺が、君がキスしてくれればセルティを諦めると言ったら?」
 臨也の言葉に新羅はきょとんとして暫し沈黙した。しかしそれも一瞬のこと、臨也の言葉を理解したのか新羅はああなんだそんな簡単なこと、と小さく呟くと片付けていた荷物から手を離して、窓際に寄りかかっていた臨也に近付いた。そしてほんの僅か低い位置にある臨也の頭に左手を掛けて引き寄せ、躊躇することなくその唇にキスをした。それはまるで淀みのない動きで、キスという行為に含まれる意味や甘さは全く含まれていなかった。
 新羅は臨也から手を離すとその顔を覗き込んでにっこりと笑う。
「これでいい?セルティは俺のものだよ。君にはあげない。」
 臨也は少しの間新羅の笑顔を見て黙り込んでいたが、やがて堰を切ったように笑い出した。ひいひいと息の切れるほどに笑い、新羅が怪訝な表情を作ってから漸く笑いを収めて新羅の手を取る。心底楽しそうな口調で言った。
「やっぱり新羅は俺の思った通りだ!嬉しいよ!」
「セルティ以外に喜ばれても嬉しくないんだけど。」
「なあ新羅、君は君がセルティと結ばれる為なら人でも殺すだろう?」
 臨也の弾んだ声に、新羅は一瞬の間もなく平静通りの口調で返答した。
「当然じゃないか。」
 2人を照らし出す夕焼けは深い紅。下校の放送がただ空虚に校内を流れていた。



7/24 ヴァンデミエール(携帯サイト)の如月様宅茶会ログ
新セル成立の為ならどんな行動も辞さない新羅と、そんな新羅の人間性に興味津々の臨也君で新臨。新臨っていうか、新セルの新羅+人間愛の臨也君という感じ。こういう形の新臨なら許容出来るなーと茶会で話していた結果の産物でした。