例えばこんな恋の始まり

 今度担当する作家はめっぽう変な人間らしい。静雄はその作家の家への道を歩きながら、上司の言葉を思い返す。
 何でも、今まで同じ担当が3日と保ったことがないのだと言う。しかも今回その作家は静雄を編集に逆指名したらしく――逆指名する権利を与えて貰える程度には売れっ子作家らしい――まあ静雄を選んだから変人というのも心外な話だが、実際静雄自身も諸事情でなかなか1人の担当に落ち着けない身の上であったから、奇異といえば奇異な指名だろう。
 ――折原臨也、っつったっけか
 聞き慣れないついでに読み慣れない名前である。聞くところによれば、折原臨也の他にも様々な名前で様々な本を著す、正に会社にとっては金のなる木と言って差し支えない作家なのだそうだ。その作家に選ばれたのだからくれぐれも粗相のないようにと言い含められてここに来た。
「…っと、」
 地図に示された場所にたどり着いて上を見上げる。背は高い方の静雄だが、それでも首が痛くなる位高い高いマンションだった。件の作家はこのマンションの最上階に居るらしい。所謂高給取りだ。文字を書くだけで金が入るのだから楽な仕事である。
 何となく不公平を覚えながら、それでも上司に信頼されて任された仕事だと思い返し、ロビーのインターホンに部屋番号を打ち込む。三回程度のコール音の後、何の応答もなしにロビーの自動扉が開かれた。
 変人。その言葉が静雄の中でぐるぐると回り始める。例え部屋からここがカメラを通して見えたとして、見たことのない筈の人間がインターホンの前に居るのに迷わず扉を開けたのだ。なるほど、変人に違いない。
 一抹の不安を抱えながらもエレベーターに乗り込む。流石に高級マンションのエレベーターらしく、あっという間に最上階にたどり着いた。目的の部屋は角部屋。
 ――ここか…。
 表札には「折原」とある。間違いない。静雄は扉の横にあるチャイムへと手を伸ばした。ピンポーン、と高級マンションにしては普通のチャイム音が静かな廊下に木霊する。
 ややあって、扉のノブが内側から回された。ギイと蝶番の軋む音と共に扉が開かれていく。
 この時静雄が出逢った相手のことを静雄は一生忘れることはないだろう。そのことを静雄は後に大層後悔することになるのだが――それはまた、別の話だ。
「平和島静雄さん、だよね?」
 高めの爽やかな声。白い肌。赤い目。端正な顔立ち。すらっとした体型。
「俺、折原臨也。これから宜しく頼むよ。」
 ――一目惚れ、だった。



7/9 導気師(携帯サイト)の柊さん宅茶会ログ
書生とか古本屋とか新聞配達とかシズちゃんの職業には他にも様々な案が上がっていましたが、一番最初にネタが浮かんだ担当編集で。
後にシズちゃんは臨也君の担当が何故保たないかを身を持って知ることになり、この一目惚れを大層後悔するのである。
続かない。