嘯く、囁く、魔法の言葉

精神的人外臨也君
罪歌視点
擬人化ではありません
つまりまさかの妖刀視点
妖刀と人外臨也君という化け物の精神分析ですので無茶なところは否めません
シズちゃんと臨也君は対極推奨
CP要素なし
原作3巻以降の設定
以上、宜しければ続きよりどうぞ









 罪歌、という一振りの刀がある。
 彼女は意志を持った刀だった。所謂妖刀と呼ばれる化け物の一種だ。そして彼女は、彼女が化け物であるが故に人間を深く愛していた。それは、人間にその身を滑り込ませて子を成そうとする程までに。
 しかし。そんな彼女に、どうしても愛せない人間がいた。彼女がこれまで出逢って来た人間の中で、唯一嫌悪を覚えた人間。人間という種族を愛する彼女にとってそれは全く予想出来なかった登場であり、感情だった。その人間は全くもってどう考えても人間でありながら――同時に少しも人間的でなかったのだ。
 名を、折原臨也という。
 彼女の宿主が知っていたその名を彼女は忘れられない。彼女が忘れられない名前はこれで2つになった。一つ、誰よりも愛したくて堪らない人間の最高傑作、平和島静雄。一つ、唯一愛することの出来ない未知の人間、折原臨也。
 運命は時として実に非情な存在で、彼女の願いをようよう聞き入れてはくれない。例えば平和島静雄は彼女の子を残させてはくれず、彼女の宿主は折原臨也を斬ろうとするのだ。彼女は沈黙していた。人間の鼓動の中で彼女の唯一聞きたくない音を聴きながら。
「あなたを野放しにしておくほど、私の周りが壊れていく。」
 彼女の宿主が淡々と言葉を紡いでいた。彼女の宿主は彼女が折原臨也を嫌悪していることを知っている。しかしそれでも、彼女の宿主は彼女に彼を斬らせようと彼女の切っ先を閃かせていた。彼女の宿主は、そのまた宿主とも言える存在の為に、その自身の一部とも言える彼女を利用しようというのだった。
 それだけ、彼女の宿主にとってその宿主の存在は重く、折原臨也という存在は疎ましい。
「それで?斬ろうって言うのかな?罪歌で?俺を?」
「はい。」
 カチャリと、彼女の宿主が彼女を握り直した。
「斬らせて――頂きます。」
 その言葉をどう受け取ったのか。
 折原臨也はふっと唇を綻ばせると、突然天にも響き渡るような大声で笑い出した。笑う。笑う。笑う。放って置けば笑いながら死ぬのではないのか――そう思わせる程の長い時間男は笑い、笑い出した時と同じように今度は唐突に笑いを収めた。
 そして――言う。
「良いよ。」
 その答えは、彼女にも、そして勿論彼女の宿主にも予想外のことだった。今までのらりくらりと逃げて来ていた男が、急に逃げるのを止めたのだ。
 それも、男は彼女が斬ることの意味を知っているにも関わらず。
「っ……ふざけないで、下さい。」
 何とか我を取り戻した彼女の宿主がやっとの事と言った面持ちで言葉を紡ぐ。
 対する男は平素と何一つ変わらない様子でそれに応じた。
「ふざけてなんかないさ。良いよ、斬って御覧。」
 ほら、と折原臨也が彼女の方へ腕を伸ばして見せる。その顔はにこにこと笑みを浮かべており、まるでこれから洗脳されようという人間の表情には思えなかった。
 おぞましい。今の折原臨也にはその表現が一番正しいだろう。その眉目秀麗な容姿が余計に人間離れしたものを感じさせる。柘榴石のような色を宿した目の奥の深遠は、どこまでも深く、濃い。
 彼女は彼女の宿主が彼女を持つ手が震えているのを感じ取った。しかしそれでも彼女の宿主は彼女を強く握り込む。僅かな逡巡に、彼女は一言「いいよ」とだけ答えた。
 それは彼女の彼女の宿主に対する慈悲であり、折原臨也という男に対する挑戦の意志。初めて会った時に、折原臨也が彼女に言った宣戦布告を思い出す――目に、ものを。
 彼女の切っ先が動いた。子を残すのに、深い傷は必要ない。僅かに、僅かだけ、その腕に、この切っ先を触れあわせられれ
 ば。
「――っ、あ、」
 彼女の宿主が苦鳴を上げた。それは、事物を客観的に見る彼女の宿主にとって非常に奇異で普通ではない事態だったのだけれども――彼女は、気付かなかった。
 いや、正確に言えば気付けなかったのだ。普段ならば言葉の海に相手を引きずり込む側の筈の彼女は今、それを上回る言葉の海で溺死する寸前なのだから。
 ――愛してる。
 ――愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる愛してるああ俺は本当に人間が好きだ大好きだよ好きで好きで堪らない!俺の予想通りに踊らされてくれる姿が好きだ俺の予想を覆してくれる強かさが好きだ如何様にでも変わる不安定さが好きだ自分の意志を曲げられない不器用さが好きだ愚かなところが賢いところが弱いところが強いところが苦痛に歪む表情が感激に咽ぶ涙が歓喜に弾ける笑顔が悲しみに打ちひしがれる姿が怒りに狂った声が簡単に壊れる心が簡単に溺れる心が簡単に見捨てる心が簡単に助ける心が簡単に受け入れる心が簡単に拒絶する心が簡単に信じる心が簡単に騙す心が面白い人間がつまらない人間が好きだ好きだ好きだ大好きだ!ああ羨ましいねえ浅ましいねえ憧れるねえ愚かしいねえ俺にないものを持っていてあるものを持っていない素晴らしい人間!ああ人間はあとどれだけの深遠を俺に見せてくれるだろう本当に楽しみだ知りたいなあ知りたいなあ人間をもっと知りたいもっともっと知りたいまだまだまだまだまだまだ足りないねえこれだけ俺は人間を知りたいと努力し愛しているのだから人間も俺を愛するべきだよああ別に構わない!人間が俺を嫌おうと厭おうと憎もうと俺はそんな人間だって慕い好き愛おしみ愛して愛して愛し尽くして―――
 不意に、彼女の中に響いていた声が途切れた。いや、声自体が途切れたわけではない。彼女の切っ先が折原臨也から離れた為に、声が聴こえなくなったのだ。
 そして、そこで初めて彼女は――彼女の声ですら平然と聴き届けた彼女の宿主が言葉の洪水で気を失ったことを知る。
 地面に落ちた彼女に、斬られた側の折原臨也が不思議そうな様子で声を掛けた。
「あれ、おっかしいなあ。俺の情報だと君に斬られた人間は君の言葉の群を聴かされるんだって話だったんだけど。全然聞こえないじゃないか。もしかして俺の情報が間違ってたのかな?――ああ、それとも。」
 にいと、赤い唇が弧を描く。
「聴かせられなかったのかい?」
 臨也の柘榴石の瞳が彼女を射抜く。彼女は、その時初めて人間に対し恐怖という感情を抱いた。妖刀という、人間に恐怖を与える筈の存在である彼女が、人間に圧倒された。彼女は折原臨也のような人間を全く知らなかった。化け物である彼女を上回る人間が居るなどとは微塵も考えたことがなかった。彼女は口を閉ざす。目にものを見せるどころか、見せられたのは彼女の方だった。
 それは奇しくも、彼女の子供達が平和島静雄に対して抱いた恐怖と酷似していたのだが――彼女がそれを知る由はない。
 臨也は彼女から視線を外すと、隣に倒れた彼女の宿主を見る。そして、やはりにっこりと人好きのする笑みを浮かべ、届く筈のない言葉を語り掛けた。
「どうやら俺は、君の刀より化け物らしいよ。」
 そのまま臨也は踵を返してその場を後にした。まるで、楽しい玩具で遊んだ子供のように軽やかな足取りで。
 後に残されたのは、敗北した刀が一振りばかり。





ハッピーエンドは臨めない様に捧げました。
精神的化け物臨也君萌え!
シズちゃんとの対比関係燃え!