その街の名は池袋

 日常と非日常の差などというのは、ほんの些細な違いに過ぎない。様々な選択肢がある中で、ちょっと変わった当たりを引いてしまった、その程度の違いだ。そしてそんな非日常も、続けばやがて日常の中に溶け込み、また新しい選択肢を増やしていく存在となる。
 故に、平和島静雄と折原臨也が付き合っているなんて些細な非日常ももうすっかり日常に
「なってたまるかあああ!」
 池袋の中心で叫ぶ少年が1人。それを隣に居たもう1人の少年が冷めた目で見つめている。
「正臣、煩い。」
「むしろ俺はお前がそこまで冷静で居られていることに驚くけどな!クールビューティの座を狙っているなら諦めろ、そこには既に俺が居る。」
「意味が分からないし正臣はクールビューティではないと思う。」
「あのなあ、帝人。」
 それまでハイテンションだった少年が不意に声を潜めた。
「あの平和島静雄と折原臨也だぞ?」
「うん。」
「まず第一に男同士だ。」
「あの2人に限ってそれは関係ないんじゃないかな。」
「というより、だからあの2人なんだぞ?」
「うん。それで?」
「犬猿の仲だっただろうが!」
「池袋が平和になるね。」
 微妙に噛み合っていない会話だったが、正臣と呼ばれた方の少年を落胆させるには十分だったようだ。
「帝人…お前、将来ビッグスターになれるぜきっと…」
 大物という言葉を使わないのは、この少年のセンスの問題である。

 池袋で絶対に関わってはいけないと言われる人間が居る。
 1人、自販機を軽々持ち上げる化け物染みた力の持ち主――平和島静雄。
 1人、その口で星の数ほどの人間を奈落に突き落としてきた情報屋――折原臨也。
 2人は犬猿の仲「だった」。
 出会い頭に自販機とナイフを交わす戦争を始める仲「だった」。
 確かに数日前までは――殺し合いの喧嘩をする程度の仲だったのだ。

 その噂が流れ始めたのは、つい数日前の話だ。
 「平和島静雄と折原臨也が恋仲になったらしい」。
 勿論最初は誰もが笑い飛ばした。その程度には常識的に有り得ない話だった。しかし――日が経つにつれ、その後を絶たない目撃情報に、誰もがそれが真実であることを信じだした。そして、遂に一昨日。
 ダラーズのメーリスに流れた写真が、決定打となった。それは2人のキスシーンを激写したものであり、そのあまりの衝撃映像に卒倒した人も居たのだとか。一説にはあの門田と連んでいる1人が写真を撮ったなどという噂も流れているが、真偽のほどは定かではない。
 ともかく、現在の池袋はこの降って湧いた非日常でもちきりだった。
 しかし一方で、この噂をこれ幸いとろくでもないことを考える人間も居た。2人に恨みのあるチンピラ達である。
「あの平和島静雄と折原臨也が付き合ってるだって?」
「腑抜けたんじゃね?」
「今なら2人同時にやれる!」
 ――そんなもう一つの噂がチンピラ達の間に流れたのもあっという間のこと。
 現在、池袋の路地裏で件の2人が50を超えるチンピラ達に囲まれているのも、まあ大体はそんな理由だった。

「お前ら付き合ってるんだってなあ?」
 下卑た笑いが路地裏に木霊する。何の反応もないのを好機と見て、別のチンピラが言った。
「男同士で気持ち悪ィ。」
 笑いは更に膨らんだ。それでも反応のないことに、チンピラ達はいよいよ気を大きくし始める。あの噂は本当なのではないか――そう、信じて。
「反論する力もないってかぁ?」
「飛んだ笑い話だよなぁ!」
「平和島静雄と折原臨也が恋して腑抜けになっちまったってよぉ!」
 ぎゃはははと上品とは程遠い爆笑の渦。笑っていた彼らは不幸にも気付かなかった。
 黙っている2人の口元が、笑みを刻んでいることに。
「へえ?」
 発せられた黒い情報屋の声に、辺りが冷や水を浴びせかけられたかの如くしんと静まった。チンピラ達はこの感覚を知っていた。これは――明確な、恐怖だ。
 黙ってしまったチンピラ達に構わず情報屋、折原臨也は続ける。
「あんな噂を信じる人が居るとはね。まあ発信源は俺なんだけど。」
 爽やかな声で爆弾を投じる臨也。もし本当ならチンピラ達がここに集まっていることすら彼の手のひらの上ということだったが、残念ながらチンピラ達にはその真偽を確かめる術も、ましてや余裕もなかった。
 何故なら、臨也に続いて隣のバーテンダーが口を開いたからだ。
「そういうわけだ、手前らよお」
 こと喧嘩に関してなら、臨也よりも恐怖を煽るバーテンダー――平和島静雄。
「俺達に喧嘩仕掛けて、無事で居られるとか思ってないよな?」
 言うが早いか、2人が位置を変えた。互いの背を守るようにして、背中合わせに。賢明でないチンピラ達に想像出来た筈もない――犬猿の仲として名を馳せた平和島静雄と折原臨也が、共闘しようと言うのだ。
 だから実際にその現場を目の当たりにして、チンピラ達は漸く気付いた。
 2人が本当に恋仲であることに。そして――
 それが2人を腑抜けにするどころか、2人に最強の名を与えることに。
 その街の名は池袋。路地裏の片隅で、もはや100人を超えようかというチンピラ達に囲まれたたった2人の最強は、静かに宴の開催を宣言した。
「「Are you ready?」」




馬鹿馬鹿しいのが書きたくなったんだ。反省はしている後悔はry
付き合ったら最強になる戦争コンビっていいよね。