関係者以外立ち入り出来ません。

※何時になくキャラが原子崩壊しています。








 自分は実に良い時代に生まれたものだ、と折原臨也は思う。
 便利なものだ。パソコン一台あれば大抵の情報は手に入り、携帯一台あればどこからだって情報を発信出来、インターネットという仮想空間は簡単に多重人格者を形成する。

甘楽【甘楽ちゃん登場っ☆皆さんなんのお話ですかー?】

 例えば、チャットという交流ツールだ。
 画面上の文字をのみ介して行われる会話である以上、画面の向こうの人間を透かし見ることは出来ない。相手が例え学校で毎日出会う親友であろうと、敵対するグループのリーダーであろうと、都市伝説であろうと、恋人の昔馴染みであろうと、普通は気付かないまま会話をする。いや、仮に相手の現実の顔を知っていたとしても、画面上と実際の会話とでは少なからず性格が異なる筈だ。そこに於いて生まれる会話は、最早現実の人間同士の会話ではない。インターネット上に生まれた仮想人格同士の会話と言っても差し支えないのではないだろうか?

甘楽【えー、甘楽ちゃん怒っちゃいますよ?ぷんぷん】

 ネカマという言葉が存在する。読んで字の如く、インターネットオカマの略称である。簡単に言えば、現実の男性がインターネット上に於いて女性を演じることだ。こう書くとあまりいい顔はされないのだが、その昔日本には女性の振りをして日記を書いた男だって居たのだから別段可笑しなことでもないだろうと臨也は思う。
 ここで重要なのは男性が女性を演じることがどうという話ではなく、性別を偽ることによって相手に伝わる性格が著しく変化するということだ。演じると言うとそれほど大事ではないように思われるが、この場合の「演じる」とは劇や舞台での「演じる」とは性質が全く異なる。用意された人格に自らを合わせるのではなく、自ら別の人格を「演出する」のだ。それも会話というアドリブを行う以上、その瞬間自分の脳はその役に「成り変わる」必要がある。でなければ、相手にその性格を認識して貰えない。
 勿論、これは万人に当てはまる話とは言い難い。戯れや実験的にただ女口調を用いるだけのネカマもいるだろうし、むしろそちらの方が本質で、インターネット上で本来の自分を表現しているという場合もあるだろう。しかし、少なくとも臨也の「甘楽」に関しては、違った。いや、女性という設定にしたのは大部分が戯れであり、参加者の苛立ちを誘う意図もあったりするのだが、それでも間違いなく言えることはある。
 「甘楽」は臨也であって、臨也ではない。彼女はインターネット上に生まれた仮想人格であり、臨也とは異なるアイデンティティと考え方を持ったキャラクターなのだ。
 全く良い時代に生まれたものだ。現代程同時に名前を複数持ち、自ら多重に人格を作り出すことが普通な時代もないだろう。
 現代という時代は折原臨也にとって本当に生きやすい時代だった。氾濫する多重人格の波間に、『折原臨也』という人格すら紛れてくれるからだ。自分をどう演出しても、その人格で受け入れて貰える。特に臨也は脳内に複数の人格を同時に飼っていられる位には頭が良かったから、世の中に様々な人格として自分を滑り込ませていた。何より素晴らしいのは、そうして自らを客観視することで、本来の自分から目を離していられることだ。こんなこと、現代以外のどの時代で出来ると言えよう。自分は実に良い時代に生まれたものだ。
 ――…と、思ってたんだけどねえ。
 臨也は簡単に退室のメッセージを打ち込むとノートパソコンを二つ折りに閉じた。
 顔を上げると、机の上に転がして置いたルービックキューブを必死にクリアしようとしている一人の青年の姿がある。臨也は青年が自分がチャットに興じる前からそうしていたことを思い出し、呆れた顔で溜め息を吐いた。
「…まだやってるの、シズちゃん。」
「これ、壊れてんじゃねえだろうな?全然揃わねえ、くっそ」
「いい加減人の物壊そうとするの止めない?」
「手前は出来るってのかよ。」
「いいよ、貸して。」
 青年が渋々手に持っていたルービックキューブを臨也に投げて寄越す。臨也はそれを器用にキャッチすると、殆ど見もしないままあっという間に全面を完成させた。
「…頭だけは無駄に回りやがって。」
「これ位今時小学生でも出来るよ?シズちゃんが馬鹿なんだよ。」
「その馬鹿に惚れてるのは誰だよ、ああ?」
「このタイミングでそういうこと言う…?」
 臨也は思わず持っていたルービックキューブを取り落として頭を抱えた。『折原臨也』を知っている人間からしたら目を疑うようなその様子を、対する青年は笑いすら滲ませて眺めている。
「事実だろうが。」
「俺一人じゃ納得いかない。」
 臨也は青年を軽く睨み付ける。
 現代という時代は全く良い時代だと思っていた。自分をどこまでも演出出来て、自分で自分を認識せずに済むこの時代を。
 しかし現実というものはうまくいかないもので――
 そんな臨也の仮面の向こうを見透かす化け物が、この時代には存在してしまっていた。
「何がだよ?」
「俺を愛してるって言え。」
 結果として。折原臨也は他人から愛されたいと願う自分自身と向き合う羽目になり、諦めていた筈のことを求めさせられる境遇に陥ることとなった。
 臨也の要求に、サングラスの奥の目がふっと笑った。
「愛してるぜ、臨也。」




誰 だ こ れ ^q^
臨也君は臨也君、甘楽ちゃんは甘楽ちゃんでなくて、甘楽ちゃんを演じる臨也君を書きたかった、ただそれだけだった筈…なのに。
何故こうなった…?
いやなんかもうごめんなさい。平謝り。