ごめん、手離せない

「ねえ、駆け落ちしようか」の続き。というかその後。
日本敗戦ネタにつき注意。









 世界が異様に静かな中で、その爽やかな声だけがはっきりと事実を肯定した。
「ほらね、言っただろう?」
 世界が言葉を失う中で、その眉目秀麗な顔だけが笑っていた。
「日本は、負けるって。」
 1945年8月15日正午。日本という世界は確実に一度死んだ。
 俺はと言えばその事実に恐怖にも近い驚愕を覚えつつ、一方でやはりそうなったか、と冷静に判断を下していた。きっと数年前、まだ軍に身を置いていた頃の俺であればこんなに冷静では居られなかっただろう。感情に任せて辺りを滅茶苦茶にしていてもおかしくない。そうならないのは、偏に――今隣で笑っている男のせいだと言えた。折原臨也。元帝国軍最年少の将校にして天才軍師と呼ばれていた男。
 奴は笑っていた。それは自分の予測が当たったことに対する歓喜とこの程度の事実に絶望する人間への嘲笑、そして恐らくは、加えてこうなるまで粘り続けた人間への羨望と愛情からきたものだ。何を考えているのか図りにくい男だが、長く共に居すぎたせいでなんとなく分かるようになってしまった。我ながら末期だと苦笑を禁じ得ない。
 しかしながら、いい加減笑い声が耳障りになってきたので口を開くことにする。
「手前は悲しむ振りくらいしたらどうだ?」
 すると臨也は笑い声を止め、それでも尚僅かに頬を弛ませたまま周囲の様子に向けていた視線をこちらへ向けた。
「してもいいけど、それこそ彼の覚悟と功績に対する冒涜だと思うよ?俺は最後まで神を装い果せた彼に敬意を表して笑ってるんだから。」
「手前はそれを帝都まで行って言ってこい。そして殺されろ。」
「大丈夫、シズちゃんを盾にして逃げるから。死んでくれたら暁光だけど、死にそうにないのが欠点だよね。」
「反吐が出る。」
 思い切り苦々しい表情で言ってやったが、臨也は相変わらずの笑みを湛えたままだった。この応酬を続けたまま長いこと2人だけで生きてきたのだから、大概俺達はどうかしている。
 臨也が再び民衆に意識を戻して会話を繋いだ。
「彼らも最後までよく頑張ったよ。信じる力ってヤツは偉大だねえ。」
「つうかよ。」
「ん、何?」
「手前が残ってたら勝ててたんじゃねえのかよ。」
「ああ、無理。」
 くるりと振り返り、恐ろしいスピードで即答する臨也。その表情は全くの無表情で、見る者をぞっとさせる得体の知れなさを伺わせた。
 俺は心の中で舌打ちする。久々にまたやってしまった。つくづく同情で口を言葉を紡ぐものではない。大体俺とて人のことを言えた義理ではないというのに、分かってはいたが自分の学習能力のなさに頭が痛くなってくる。何のために俺はここに居るというのか。
 臨也が続けた。
「だから、彼は凄いと思うんだよ。どんなに不利でも神だと言い続けなきゃいけないってどんな気分なんだろうね?俺にはそんな事は出来ない。そんな責任は御免被るね。出来ないことを出来るとは言えないよ。俺には少しも勝利なんて見えなかった。だから逃げたわけだしね…でも正直罪悪感はなくはないんだ。俺自身は有限だから良いとして、俺は君という無限も世界から切り離した。君が居たなら勝てたかも知れないのにねえ。勿論分かっててやったわけだけど。まあ仕方ないよね、俺は卑怯」
「黙ってろ。」
「…シズちゃん?突然抱き締められても困るんだけど。」
「いいから。」
 本当に俺は頭が悪いと思う。
 もう少し頭が良かったならきっと惚れた相手にこんな顔をさせることもこんなことを言わせることもないのだ。ずっと笑顔で居させて、幸せにしてやることも出来るのだろう。
 でも俺はどうしようもなく頭が悪い。だからこんなことしか出来ない。言えない。してやれない。誰よりも臨也のことは分かっているつもりなのに。
「変なシズちゃん。」
「煩い。」
「いつもは死ねとか殺すとか平気で言うくせに。」
「ノミ蟲には丁度良いだろ。」
「俺のこと嫌いなんでしょう?」
「心の底からな。」
「なのに」
「ったく本当にうるせえな手前はよお!」
 遂に俺の忍耐が限界に達した。
 臨也を解放してその顔を真正面から視界に映す。
「手前が俺を切り離しただ?勘違いすんな。俺が手前を選んだんだよ!勝手に決め付けてんなこのノミ蟲が!」
 臨也の目が驚きに染まった。ざまあ見やがれ。
「本当、シズちゃんってさあ偶に予想外に優しいよね。そういうところが」
 そこから先は唇が重なったせいで分からなかった。しかし多分こう続くだろう。その程度のことが分かるくらいには俺は臨也と共に居て、臨也のことが好きだった。
 ――大嫌いだよ。





正直こんながっつりCPになると思わなくて私が一番びっくりしている。
口調が敬語から普通になったのはわざとです。「ねえ、駆け落ちしようか」が大体1941年前後の話なので、2人は四年以上一緒に居たという話。関係や性格は環境により変化するのであははうふふきゃっきゃです。
間を書く予定はないよ。気が向かない限り。