サバイバルエラー

 AI。アーティフィシャル・インデリジェンスの略称。日本語に直すと人工知能。すなわち、人の手によって造られた知性のことを指す。人間にとって知性の最高峰とは人類が持つそれであり、そのためAIの知性もそれに限り無く近付けるよう日夜研究が続けられている。
 さて、ここにも一つのAIが存在する。しかしこのAIは専門的な研究者の手によって造られたものではない。ある一人の日本の青年が、趣味の一環として造ったAIである。その青年は人間を愛しており、では人間は人間の手で造ることが出来るのか、どうなのか――そんな神様ごっこのような興味本位でこのAIを造った。サイケデリック臨也などという巫戯けた献体名が付けられているのも、あくまでこのAIが作成者の遊びによって生み出されたからだ。
 しかし、このAIこそが世界で初めての完璧な人工知能だったのだが――それを青年が知るのは、もう少し後の話となる。
           九十九屋 真一

『臨也くん、臨也くん!』
「煩い。一回呼べば分かるから。」
 己の造った人工知能にそんなおざなりな返事を返しながら、折原臨也はコーヒーメーカーのスイッチをオンにした。常ならば彼の助手がやってくれる仕事なのだが、彼女には今日は昼からで良いと伝えてある。自分でやるのは存外面倒だなどと思いつつも、インスタントコーヒーは彼の舌が受け付けない。面倒も仕方ないかと息をつき、メーカーが正常に作動したことを確認すると、パソコンの前に座った。
「で、何?サイケ。」
 臨也は音声情報をヘッドセットに切り替えて画面の中に語り掛けた。すると画面上をふてくされた顔でさ迷っていた一人のキャラクターが、きゅるんという効果音が付きそうな程にパッと表情を輝かせて画面の外、つまり臨也へとその顔を向けた。
『臨也くん、やっと構ってくれたー。』
 そんな自分の手で生み出された人工知能を眺めながら、臨也は心の中で流石にこれはなかったな、という突っ込みをせずにはいられなかった。というのも、この人工知能のキャラクターグラフィックは臨也自身を模したものであったからだ。
 人工知能、サイケデリック臨也。人間を造ってみようという臨也の戯れによって生み出されたAI。発端が巫戯けていただけに造り出されたAI自体も大層巫戯けた代物で、そのコンセプトはなんと「純粋な折原臨也」。臨也を知っている人間が聞いたら大爆笑するに違いなく、臨也自身も有り得ないだろうと思いながら造っていたのだが、考えてみれば人工知能の知性及び人格をプログラムするのは臨也なのである。甘楽や奈倉をはじめとする数多の人格をネット上に飼っている臨也にとって、新たな人格を造り上げることは決して難しくない。まして「純粋な折原臨也」というコンセプトならば、臨也がするであろう選択の逆を逆をプログラムしてやればいいだけであり、結果的にそう悩むこともなくプログラムは完成した。人格に合わせて容姿も普段の自分が着ない白を基調としてデザインし、こうして人工知能「サイケデリック臨也」は無事完成をみたのだが――問題が一つ。
 極単純なこと。正直、これは気持ち悪い。自分と同じ容姿で自分と全く人格の違う生き物という存在が、ここまで嫌悪感を煽るとはなかなかに愉快な発見だった。
『臨也くんってばー』
「え?ああ、はいはい。」
 サイケデリック臨也――白に乗せたピンク色が存外目に痛かったのでこう名付けた。臨也はサイケと略して呼んでいる――の呼び掛けで、臨也は漸く思考を浮上させてサイケと向き合った。
『だめだよ、臨也くん。おれと話してる時によそみしないでよう。』
「…本当に、お前って俺と似てないよね。」
『つくったの、臨也くんだよ?』
「造ったのが俺だから、だよ。実際造ってみたら相当だったけど。」
『ひどい…。けど、』
 きた。臨也は思う。サイケのこれが、臨也の最も気持ち悪いと思うところだった。
『おれは臨也くんのこと、大好きだよ!』
 臨也くんが好き。
 これをサイケの容姿で言われると、巡り巡った自己愛のようでどうしようもなく気持ちが悪い上に、一個人への好意を素直に語るサイケの人格は臨也自身とかけ離れ過ぎていて鳥肌が立つ。
 ――限界かなあ。
 臨也はいよいよサイケに愛想が尽きてきて、もうその姿を見ないで済むようになる方法を考え始めた。
 ――やっぱりデリートだよねえ。
 簡単なことだ。管理者権限で強制デリートすれば良い。やはりそれが一番だろうと、臨也は尚も『臨也くん、臨也くん』と己の名を呼ぶサイケデリック臨也の声を黙殺し、プログラムにパスワードを打ち込んでデリートしようとした。
 のだが。
「…サイケ、お前…!」
『えへへ、サイケくんブロックー。』
 にっこりと純粋な笑みを浮かべるサイケとパスワードエラーを告げるウィンドウを見比べて、臨也は自分の造った人工知能が存外完成度の高いことに、そこで初めて気が付いた。
 何故なら、臨也は「サイケデリック臨也」というプログラムに自己保存など組み込んでいないのだから。つまりサイケは、自己保存の本能を自律学習により身に付けたのだ。それはちょうど、自己保身に熱心な臨也自身のように。
『消さないでよ、臨也くん。おれ、まだ臨也くんと一緒にいたいよ。』
 涙すら混じったようなサイケの懇願の声が、臨也の耳を右から左へ抜けて、反響した。



サイケはノットやんでれイエス純粋
サイケのキャラ分かんねえ^q^と思いながら書いたら迷走した気がする。
こ、こんな感じで大丈夫なのか…?サイケ×臨也君…
すみません。
九十九屋さんは友情出演です。