正義と罰

 折原臨也は、人間が好きである。愛している。誰か特定の1人が好きだというのではない。人間という生き物それ自体を愛しているのだ。
 故に彼は個々別々に人間を愛したりはしないし、人間に対する愛に軽重があったりもしない。けれど偶に、そんな彼にも興味程度の食指を動かさせる人間が現れることがある。
 竜ヶ峰 帝人。例えば彼もそんな人間の内の1人だった。

「…嫌みな人ですよね、臨也さんって。」
 東京、池袋某所のボロアパート。帰ってみたら大して緊密な仲というわけでもない情報屋が何故か先に中に居た、という妙な状況にも驚かなかった帝人は、しかしその黒い情報屋の口から放たれた言葉には冷静な突っ込みを返した。対する黒い情報屋――折原臨也は帝人の言葉がまるで理解出来ないとでも言うように首を傾げる。
「え、なんで?」
「今のタイミングでダラーズを持ち出すだなんて。嫌み以外のどんな目的があるんですか。」
「俺は君にとって最良の話題を提供したに過ぎないよ。」
「最悪、の間違いでしょう。」
「今のダラーズはね。」
 にこっと善人よろしく笑うこの情報屋が帝人を見た瞬間に口にした言葉は、出会いの挨拶でも、勝手に侵入したことへの謝罪でもなかった。
『ダラーズの様子はどうだい?』
 ダラーズ。無色を冠するカラーギャング。帝人の創った組織にして、帝人を創った組織だとも言えるだろう。ダラーズには池袋に住む老若男女様々な人間が所属しており、その全貌はメンバーは愚か創始者である帝人すら把握していない。把握しているのはそれこそ目の前の情報屋くらいのものだろう。若しくは顔すら合わせたことのない情報通、九十九屋とやらもある程度把握しているのか。
 しかし、そんな組織だからこそ――底の見えない組織だからこそダラーズは池袋で名を上げ、明確な縦構造がないからこそ帝人のようないち高校生にリーダーを錯覚させられ、そしてどんな人間も入っているからこそダラーズは非日常で在り得た。ダラーズは帝人にとって確実に非日常へのアクセスポイントだった。のだが――。
「今のダラーズはダラーズじゃありません。」
「ダラーズという組織の不透明さを思えば何時かは起こることだったんじゃないのかい?」
「だから、僕が直すんです。」
 ダラーズは変わった。少なくとも帝人はそう認識していた。
 帝人にとってのダラーズは人を傷つけるような組織ではなかった。
 帝人にとってのダラーズは帝人の日常を侵食する組織ではなかった。
 帝人にとってのダラーズは、竜ヶ峰帝人を無視する組織ではなかった。
 だから、帝人はブルースクウェアを受け入れた。帝人にとって重要だったのは、自らが利用されるか否かではなく、ダラーズを自らの下に戻せるか否かにあったからだ。それは良く言えば純粋、悪く言えば、
「帝人君は狂信者なんだよね。」
「…突然何を言い出すんです?」
「帝人君は狂信者。君の中の『在るべきダラーズ』っていう組織のね。但し君の中の『在るべきダラーズ』は君の為に存在する独善に等しい。だから君は君の後輩を傷付けたんだろう?彼らが君の日常に侵食し、君の正義に悖る行為をしたからだ。だから君は君の後輩の心配をしたんだろう?自分の為に他人を傷付けるのは君の正義に反するからだ。だから君はダラーズの異分子に容赦ないんだろう?君の正義をダラーズの正義にすり替えてるからだ。君は大いに自己矛盾してるよねえ。君の為とダラーズの為を都合よく使い分けて君自身の責任を回避しようとしてる。ダラーズという神の為なら行為は全て正義になるからねえ。若しくは君の大事な大事な杏里ちゃんの為、なのかな?」
「園原さんの名前を出さないで下さい。」
「やっだー帝人君ったらこわあい。」
「甘楽さんの真似したって誤魔化されませんよ。」
「――まあまあ怒らないでよ帝人君。俺だってボールペンは勘弁願いたいしね…俺は今日君に良い提案をする為にここに来たんだよ。」
「良い提案?」
「うん。あのさあ帝人君、」
 そこで臨也は一旦言葉を切って帝人の様子を観察する。自分に良いことに対して興味を抱く少年は、案の定臨也の次の言葉を待っているようだった。
 臨也は心の中でにんまりと笑う。これだから、この少年は面白い。
「確かにこのままだと君は清々しい程に卑怯な人間だ。君が嫌うようにね。勿論そんな君の人間らしさも俺は愛しているわけだけど、もし君がそれが嫌だと言うのなら、良い提案がある。今君が卑怯になってしまっているのは、簡潔に言えば君が自分の為という罪を神の為という正義にすり替えているからだ。これを回避する為には、君が正義になればいい。つまりさ、帝人君。」
 臨也の言いたいことを薄々察したらしく、帝人がごくりと唾を飲む音が狭い部屋の中に響く。
 とどめとばかりに臨也が言った。
「神にならせてあげようか。」
 帝人が目を見張った。そして何かを口にする前に、臨也が先手をとってまくし立てる。
「君が神になれば君の為は君にとってダラーズの為と同義になる。ダラーズの為が正義な君にとって、君の為が正義になるってことだよ。最初の信者には俺がなってあげよう。君がはいと言えば俺もはいと言ってあげるし君がいいえと言うなら俺もいいえと言ってあげる。君がダラーズを潰せというなら潰すし人を殺せというなら殺そう。君が俺に情報屋を止めろというなら止めるし、君が死ねというなら死んでも良い。君は罪悪感を感じる必要はないよ。だって君は神なんだから。どうだい?君の願いを叶える最良の提案だと思うんだけどね?『帝人様』」
 帝人は暫し沈黙していた。しかし徐々に臨也の言葉を理解してきたのか口元を綻ばせ、仕舞には満面の笑顔を作って臨也の手を握った。それはちょうど、帝人の方が臨也の信者になったかのように。
 そして帝人は臨也の手を握ったまま、半ば上擦った声で言う。
「やっぱり、臨也さんは良い人ですね。」
 折原臨也プロデュースによる竜ヶ峰帝人の破滅へのプロローグが、始まった。



自分のことしか見えていないが故に臨也君の暴論に全く気付かない帝人。そんな帝人が堕ちていくのを満面の笑みで見送る臨也君。そんな臨帝が好きです。一般人から見れば何てことしてくれてんだああって感じなんですけどね。今まで狂信者で済んでた帝人を神にすなっていう。のわりに良い人扱いな臨也君に危害が及ばないという理不尽。
多分青葉含めブルースクウェアがこの光景見たら逃亡するだろうね。合掌。