グロリアス・ドリーム 後編

あてんしょん!
・これは一万ヒット感謝フリリクの前後編作品です。
・リクエスト主のヨギヤ様のみお持ち帰り可能です。
・一応CPはありません。
・但し見ようによっては静臨と新臨。
・臨也君が普通になっちゃったら?がテーマなので殆ど全編臨也君が臨也君らしくない。
・なので“臨也君”が見たい方にはお薦め出来ません。
・おk?

大丈夫な方は続きからどうぞ!









 程なくして、新羅の元に臨也から連絡がきた。内容は勤め先が決まったことの報告と協力したことに対する感謝であり、臨也から素直な感謝の言葉を聞くことになるとは全く考えたこともなかったので思わず電話口で噴き出してしまう。
 実を言うと、新羅としては臨也が受からない心配などしていなかった。臨也の問題はその殆どが性格であり、それさえ矯正出来れば能力自体は人並みを大きく超える。彼を取りたい会社などそれこそ幾らでもあるだろう。
『でも、本当に大丈夫なのか?相手はあの臨也だぞ?もし問題でも起こして紹介したお前が責任を問われたら…』
 受話器を置いた新羅にセルティがすかさず不安を露わにする。新羅はそんなセルティの隣に座りながら、ゆるりと首を振った。
「性格さえ直ればあいつが問題を起こすなんて有り得ないし…それに、もし演技だったとしても多分俺に迷惑がかかるような問題は起こさないだろうから。」
『…前から思ってたんだが、なんでお前は妙なところであいつを信用してるんだ?』
「前にも言ったろう?セルティ。臨也と静雄くらいだからね、私の生涯の親友っていうのはさ。まあ、そうでなくとも演技である可能性は零に等しいと思っているけれど。」
 新羅の不思議に確信の籠もった言葉にセルティが首を傾げるような仕草をしながらPDAのキーを叩く。
『根拠は?何もなしに言っているわけじゃないんだろう?』
「うん。ほら、あの日静雄の奴、出て行ったまま帰って来なかったって話はしたよね?その後も暫く臨也の前には顔を出さなかったんだけど…」
 セルティを安心させるように爽やかな笑顔を浮かべながら、新羅が答える。
 もっとも、その答え自体がセルティに更なる衝撃を与えることになるのだが。
「最近では、仲良くやってるみたいだから。」

 とても不思議な感覚だった。
 不思議というよりは、奇妙な違和感を覚える。別にそんなことを思う必要などどこにもないし、むしろ喜ぶべきことであるに違いないのに、何故か頭の隅でくすぶった違和感が拭えない。
 しかしそんな自分の感覚と関わらず、静雄の口は勝手に動いて言葉を紡ぎ出している。
「…で?結局どこに就職したんだよ?」
「ん、新羅の紹介だからね。製薬関係だよ。俺は理系じゃないって言ったら、営業部に入ってくれって頭下げられちゃって。あ、言っとくけど矢霧でもネブラでもないから。」
 って言ってもシズちゃんはどっちも知らないんだっけ?
 そう言って笑う臨也の顔はどこからどう見ても静雄の知る臨也のものだ。唯一違うところを挙げるとすれば静雄の琴線を逆撫でしないことくらいで、それは怒りたくない静雄からしてみれば願ってもない事実…の、筈である。
 臨也が“おかしくなった”あの日から静雄は暫く仕事を休んだ。会いたくなかったのだ。いつもは追い掛ける側の自分が臨也から逃げるだなんておかしな話だとは思ったが、おかしいのは臨也の方なのだから当然だとも思った。
 それでもいつまでもトムさんやヴァローナに迷惑を掛けるわけにはいかない。一週間程経ったところで、気は進まないながらも池袋の街へと足を踏み出した。
 願わくばあの日の出来事が夢か嘘であって欲しい。そんな考えさえ抱いて街へ出た静雄だったが、結局現実は何も変わってはいなかった。臨也は静雄のいない間に就職を果たしたらしく、既に一線で働いているという。
「にしてもお前、よく就職なんて出来たな。性格最悪のくせしてよ。」
「止めてよシズちゃん。厨2病は掘り返さないのがお約束でしょ?」
「…お前本当に、」
「疑り深いなあ。俺は“普通の人間”だよ。ああ、まあシズちゃんよりちょーっとばかり頭が良いから働き口には苦労しなかったけどね。」
 ――まるで普通の友達みたいな会話だな。
 静雄は臨也と会話する傍らでそんなことを思っていた。湧き上がらない怒り。ちょっと冗談を交えながらも屈託のない会話。それまで会えば殺し合いをしていた自分達には考えられないような、穏やかで楽しいとすら思える関係。
 ――これでいいのかも知れない。
 静雄は考える。
 静雄は臨也が嫌いだった。何故?怒りを掻き立てられるから。怒りたくないのに怒らされるから。苛立つから。ムカつくから。
 では今の臨也はどうだ。怒りも沸かないし、苛立ちもしない。嫌う理由が存在しない。
 そう考えれば、臨也は新羅と並んで最も長い時間を共にした相手なのだ。それを世では友人と言うのではないか。間違いなく嫌うよりはずっといい関係だ。
 ――このまま、臨也と普通に友達に、
「…ってシズちゃん、聞いてる?」
 臨也の言葉でハッと我に返る。見れば臨也が睨むような目線で静雄のことを見上げている。
「あ、悪ィ、聞いてなかった。」
「やっぱりなあ。ま、大したこと話してないからいいんだけどさ。」
 でも人との会話中に別のことを考えるってのはないよね!
 そう言って責める臨也に謝りながら、静雄は心の中で先程の自分の気持ちを確認する。
 ――そうだ。それでいいんじゃねえか。臨也と新羅は巫戯けた奴らだが俺の友達で、下らねえ話をする仲で。
 こうして道端で出会っては仕事の話やお互いの近況を報告し合う“普通の友達”。それでいいではないか。
 …本当に?
「あ、じゃあ俺そろそろ仕事だから!」
 静雄の疑問に答える声などないまま、臨也が腕時計を見てそう叫ぶ。
 踵を返す臨也を見送りながら、静雄はやはり口の動くままにその背へ声を掛けていた。
「気を付けて行けよ、臨也!」

 それから1ヶ月。
 臨也は情報屋の傍らでちゃんと仕事を続け、すっかり職場にも慣れたようだった。そろそろ情報屋の方も残していた依頼を片付けて畳める頃合いだという。
 静雄と新羅もそんな臨也と普通の友人として接することに慣れ始め、もはや静雄と臨也の喧嘩を往来で目撃することもない。
 最初は静雄と臨也のそんな様子に何かの天変地異かと目を疑った人々も、それが本当なのだと分かると2人の仲の良さげな様子を穏やかな目で見るようになった。
 池袋が平和になった。
 誰もがそう言った。
 大人も、子供も、警察も、教師も、そして首無しライダーも。みんながみんな、そう言った。
 そうして、誰もが平和な池袋に慣れ始めたそんな時。その中心となっている情報屋が、友人の闇医者の元を訪れた。

「怪我したわけでもないのにさ。」
 新羅はその顔馴染みをリビングに招き入れながら言う。
「君が来るのって珍しいよね。臨也。」
 新羅が振り返った先、リビングの入口に立っていたのは1人の青年だった。新羅が白衣を身に纏っている為、その青年の黒い衣服は余計に目立って見える。臨也と呼ばれたその青年は、新羅の言葉にそうだったっけ?と首を傾げて応じ、勝手知ったると言った風にリビングのソファに腰掛けた。
 新羅はそんな青年を見下ろすような形で目の前に立つと、軽く肯く。
「珍しいよ。君ははいつも仕事で忙しいからね…まあ私としては友人が家に来るのは歓迎なんだけどさ。今日はセルティも仕事だし。」
「ああ、それなんだけど、新羅。」
「何?あ、臨也ってコーヒー派だっけ紅茶派だっけ。」
「ブラックコーヒー。俺、仕事さ、やめようかと思って。」
「コーヒーね、分かった。ふーん、そっか、やめるんだ。そう、仕事をね、仕事を…………え?」
 青年にコーヒーを出そうとしてキッチンへ向かいかけた新羅が、ふと言葉と足を止めた。踵を返し、少し驚きを浮かべた顔で問い返す。
「臨也、ごめんもう一回。何をやめるって?」
「だから、仕事。」
「上手くいってるのに?」
「これだよ。」
 新羅の問いには答えず、青年はそう言って幾つかの小さな丸い物体を示して見せた。
「これ…錠剤?」
「ネブラから取り寄せた薬でね。脳の活動を約1ヶ月に渡り抑えることが出来る。」
「臨也、君…まさか。」
「そのまさかさ。この1ヶ月、俺はこいつで脳の活動を強制的に抑えてたんだよ。」
 折原臨也。その名前の男のことを、新羅は中学生の頃から知っている。臨也という男は本当に困った男だった。人間が好きだと言いながら、躊躇なく人間を貶め、追い詰め、破滅させる。彼が人間観察と称して起こした事件など、もはや両の手ではとても足りない。それが新羅の知る折原臨也という男だ。やりすぎだと諫めたこともあった。
 臨也の趣味は人間観察そのものであり、彼はその趣味を情報屋として仕事にすらしてしまっていた。それはもう一朝一夕の歪みなどではない。何年も、それこそ生まれた時から育まれてきたのであろう、先天的歪みに違いない。新羅はそれを理解していて、そして恐らく、その原因も知っていた。
 臨也は頭が良すぎたのだ。頭が良すぎたから、臨也の見ていた世界はそもそも普通ではなかったのだ。だから、臨也は狂っていた。その目に映る普通ではない世界のために、狂っていた。
 しかし、例えば。例えば、その臨也の世界を強制的に普通にすることが出来たなら?
「…それを、この薬でやってたってわけなのか。」
「ちょっとした興味でね。」
「で、気分は?どうだった?」
「…夢を見ているような気分だったよ。まるで俺であって俺でないような…そんな気分だった。」
 臨也が虚空を見上げながら訥々と呟くように言う。その目が何を見ているのか、その異常に戻った頭が何を考えているのか、新羅に伺い知ることは出来ない。ただ、その口が紡ぐ言葉を静かに聞き続ける。
「俺が普通の会社に就職して普通の常識で生きて平穏に暮らして、しかもシズちゃんと友達だって!笑っちゃうよな?そんなこと有り得ないのに!」
 臨也の声が徐々に大きくなり、段々と叫ぶような調子を帯びていく。
「有り得ないのにさあ!有り得ないのに何故か楽しんでる俺がいるんだよ!なあおかしいと思うだろ!?有り得ないなんて俺が一番分かってる筈なのに!まるでそんな、望んでたみたいな…!」
「それで?」
 臨也の声が途切れたのを見計らって、新羅が問いを滑り込ませる。
「どうするんだい?薬がまだ残ってるなら、続けることも出来るんだろ?」
 新羅の問いに臨也は暫く沈黙する。そして、ややあって消え入るような声で答えた。
「…どうすればいいと思う?」
 臨也の、全く答えになっていない疑問に新羅が溜め息を。新羅が彼の最愛であるセルティの関わらない話で溜め息をつくなど珍しい話だ。
 それから、臨也とは対照的な軽い口調で答える。
「俺はどっちでもいいっちゃいいんだけどね…ただ。」
「ただ?」
「この1ヶ月静雄の奴が何故か機嫌悪くてね。俺とセルティの身に及ばれると凄く困るかな。」
 新羅の言葉に臨也が顔を正面へ戻す。鳩が豆鉄砲を食らったような表情など臨也にしては珍しいなと新羅が思う間に、その顔が笑い崩れた。
「…はは、あはははは!そりゃそうだ。シズちゃんじゃ仕方ない。あんな化け物を相手にするのは大変に決まってるよねえ!あはははははははははっ」
 そしてスッと立ち上がり、来た時と同じように勝手知ったると言った風に玄関へ向かう。新羅はそれを追うことはせず、その背に向けて投げやりな質問を投げかけた。
「愚問だとは思うけど…どこに行くつもりだい?」
「確かにそれは愚問だな、新羅。」
 それは新羅の聞き慣れた、他人を馬鹿にしたような、それでいて爽やかな声音。
 新宿の情報屋は、唯一の友人を振り返って答えた。
「シズちゃんを殺しにさ。」



てなわけで一万リク「臨也がある日突然、なんの変哲もない、ただの好奇心旺盛なだけの好青年になる」でした!戻して良いか迷いましたが、シズちゃんが可哀想だったので戻って貰いました。お心に沿わなかったらすみません。
リク有難うございました!
しかし新羅△