グロリアス・ドリーム 前編

あてんしょん!
・これは一万ヒット感謝フリリクの前後編作品です。
・リクエスト主のヨギヤ様のみお持ち帰り可能です。
・一応CPはありません。
・但し見ようによっては静臨と新臨。
・臨也君が普通になっちゃったら?がテーマなので殆ど全編臨也君が臨也君らしくない。
・なので“臨也君”が見たい方にはお薦め出来ません。
・おk?

大丈夫な方は続きからどうぞ!









 わりと。楽しみにしていた休日だった。普段の仕事はどうしたって荒事になりがちだし、そうでなくとも街中を歩けば絡まれることが少なくない。だからこの、平穏と静寂の約束された休日は平和島静雄にとって大切なことこの上ないのだ。静雄はその貴重な休日を今まさに楽しもうとしていた。そんな時だ――携帯電話がけたたましく鳴り響いたのは。
 発信元を確認する。一瞬、静雄は応答せずに切ることを考えた。結果的に言えばそれが正しい判断だったのだが、残念なことに静雄は発信元の相手をある種の友人と認識してしまっていた。相手が伝えようとしている内容を予知することなど当然出来る筈もなく、静雄はせめてもの義理などというものに配慮し、その着信に応えてしまったのである。
「もしもし?おい新羅手前、」
『あ、静雄?良かった、今すぐ俺の家まで来て!』
「は?あのなあ俺は今休み中で…」
『とにかく来て!大変なことになったんだ…!』
 それきり電話はプツンと一方的に切れた。
「っんだよ、あいつ…」
 静雄は不機嫌そうに切れた携帯電話を見つめる。あまりにも一方的な通話だ。恐らく、ここで静雄が電話のことをまるきり無視したとしても、咎める人間はいなかったろう。しかし静雄は――この時ばかりは残念なことに――友人からの緊急と思われる呼び出しを無視出来るような情のない人間ではなかった。
 仕方ねぇ。そう舌打ちをしながらも、彼は友人の家へ向かう為に自らの部屋を出たのだから。

 時は少し遡る。池袋は川越通り沿いにある某マンションで、闇医者の岸谷新羅は1人の顔馴染みを迎えていた。
「怪我したわけでもないのにさ。」
 新羅はその顔馴染みをリビングに招き入れながら言う。
「君が来るのって珍しいよね。臨也。」
 新羅が振り返った先、リビングの入口に立っていたのは1人の青年だった。新羅が白衣を身に纏っている為、その青年の黒い衣服は余計に目立って見える。臨也と呼ばれたその青年は、新羅の言葉にそうだったっけ?と首を傾げて応じ、勝手知ったると言った風にリビングのソファに腰掛けた。
 新羅はそんな青年を見下ろすような形で目の前に立つと、軽く肯く。
「珍しいよ。君ははいつも人間観察とやらに忙しいからね…まあ私としては友人が家に来るのは歓迎なんだけどさ。今日はセルティも仕事だし。」
「ああ、それなんだけど、新羅。」
「何?あ、臨也ってコーヒー派だっけ紅茶派だっけ。」
「ブラックコーヒー。俺、人間観察ってもうやめたんだよ。」
「コーヒーね、分かった。ふーん、そっか、やめたんだ。臨也が人間観察をねえ…そう、人間観察を…………え、人間観察を?」
 青年にコーヒーを出そうとしてキッチンへ向かいかけた新羅が、ふと言葉と足を止めた。踵を返し、少し驚きを浮かべた顔で問い返す。
「臨也、ごめんもう一回。何をやめたって?」
 対する青年は特に表情を変えることもなく、さも当然といった風にその問いに答える。
「だから、人間観察。」
「えっ…なんで?」
「なんでって…そりゃ俺ももういい年だしねぇ。いつまでもそんなことやってるわけにはいかないだろ?ちゃんとした仕事の一つでも見つけないと。で、新羅なら何かいい案くれないかなあと思って…」
 新羅はその時心底、飲み物を用意した後でなくて良かったと胸をなで下ろしていた。もし用意した後だったりしたら、愛するセルティとお揃いのマグカップが粉々になっていたことだろう。青年の台詞は、それだけの衝撃を新羅に与えた。
 折原臨也。その名前の男のことを、新羅は中学生の頃から知っている。臨也という男は本当に困った男だった。人間が好きだと言いながら、躊躇なく人間を貶め、追い詰め、破滅させる。彼が人間観察と称して起こした事件など、もはや両の手ではとても足りない。それが新羅の知る折原臨也という男だ。やりすぎだと諫めたこともあった。
 臨也の趣味は人間観察そのものであり、彼はその趣味を情報屋として仕事にすらしてしまっていた。それはもう一朝一夕の歪みなどではない。何年も、それこそ生まれた時から育まれてきたのであろう、先天的歪みに違いない。新羅はそれを理解していて、その上で臨也というある種の化け物との付き合いを楽しんでいた。そう、化け物。折原臨也という人間の精神はそう呼称してあまりあるくらい狂っていた。人間。その唯一無二の存在の為に狂っていた。
 その、臨也が。人間愛に狂っていた折原臨也が。人間観察をやめたという。普通の仕事に就きたいという。これでは。
 これでは、ただの人間と、変わりないではないか。あの折原臨也だというのに。
「ど、どうしたのさ新羅?」
「うーん熱はないか。どっか痛いとことかは?」
「ないけど。ちょっと、俺が人間観察やめると言ったのがそんなに意外?」
「意外というか、おかしい部類。困ったなあ、精神科は俺専門外なんだけど。」
 臨也の額から手を離すと、新羅はそう言って息を吐く。その様子を見た臨也が眉間に皺を寄せた。
「心外だなもう。俺だって普通の人間だよ?シズちゃんとは違うんだからさあ…」
「それだ!」
「は?」
 叫ぶと、新羅は臨也の疑問を無視して電話機を取り上げた。臨也の居る場所に呼びつけるなど、自殺行為も同然かも知れないが、それでもいい。とにかく今は意見が聞きたかった。折原臨也という化け物と対極に存在している筈の――いや、存在していた筈の化け物の意見が。
 数回のコール音の後、ガチャリと受話器を取る音がした。
『もしもし?おい新羅手前、』
「あ、静雄?良かった、今すぐ俺の家まで来て!」
『は?あのなあ俺は今休み中で…』
「とにかく来て!大変なことになったんだ…!」

 そして現在。折原臨也、平和島静雄、岸谷新羅という高校時代から奇妙な友人関係を結んできた三人は新羅の家に勢揃いしていた。
「で…ノミ蟲がいる所に俺を呼び出した理由を聞かせて貰おうか。」
 静雄がまずそう言って新羅を睨む。もちろん新羅とて、静雄と臨也の喧嘩仲間や犬猿と言った言葉では収まらない最悪の関係性など分かっている。いつも空気を読まずに静雄との会話で臨也の名前を出す新羅ではあるが、流石にその程度の分別はある。
 しかし――だからこそ、新羅はその静雄の言葉に静かにこう問いかけた。
「もう分かってるんじゃないの?」
「あぁ?」
「いつもなら、そんなことを俺に訊くより先に臨也に殴りかかってるよ?」
 新羅の核心を突く台詞に静雄が沈黙する。入れ替わるように臨也が口を開いた。
「なあ新羅。さっきからなんなんだよ?そんなにおかしなこと言ってないだろ?」
「むしろおかしくないから問題っていうか…いやもう黙っててよ臨也は。話が混乱するから。」
「なんか気に食わないんだけど…俺の話なんじゃないの?」
「…そりゃまあ、そうなんだけどね。」
 臨也の、相手が臨也でなければ当然の疑問に新羅が溜め息を。新羅が彼の最愛であるセルティの関わらない話で溜め息をつくなど珍しい話だ。
 そのまま新羅は先ほどから黙ったままの静雄に目を向ける。
「ね?」
「…どうせいつもの下らねぇ遊びだろ。」
「だから、それは静雄が一番分かってる筈だろう?むしろ俺は君の反応を見て確信したけど?」
「……………それは、」
「人間観察は止めて普通の会社に就職するつもりなんだってさ。そうだろう、臨也?」
「まあね。」
 水を向けられて、臨也が軽く肯く。
「俺も普通の人間だからさ。いい加減、ちゃんと社会に参加しないと不味いだろう?情報屋っていうのも面白かったけど…一生やるのは現実的じゃないよね。ああ、それから。」
 臨也の視線が新羅から静雄へ移った。臨也の目に見つめられて、静雄の肩がピクリと上下する。それに気付いたかそれとも全く関係なしにか、にっこりと臨也が毒気のない笑顔を浮かべた。
「な、んだよ。」
「ごめん。」
「…………は?」
 いよいよ静雄の目が驚愕に見開かれたまま停止する。怪訝を通り越して完全に驚愕に染められたその表情は、臨也の様子が彼の知る臨也でないことを肯定していた。
 構わず臨也は言葉を放ち続ける。
「だから、ごめんってば。それで許してくれるとも思ってないし…、シズちゃんは俺が嫌いだろうけど。いくらシズちゃんが普通の人間とは違うからって色々やりすぎだったよね。俺もちょっと調子に乗ってた。素直に謝るよ。」
 沈黙。
 バキっという嫌な音で新羅がハッと我に返った時には、静雄の手が壁に穴を開けていた。
「手前、なあ…ッ」
 壁に埋まった静雄の拳が震える。
 例えばこれがただの臨也の方便に過ぎなかったならば静雄は躊躇いなく臨也に殴りかかっていただろうし、臨也もそれを笑ってからかったろう。
 しかし、静雄ももう分かっていた。だから、拳を振るうことを躊躇うのだ。言いようのない苛立ちがただ蓄積され、普通の人間の顔をした臨也の顔を睨み付けて声だけを絞り出す。
「1人だけ逃げようとしてんじゃ……」
 しかし感情を抑えることに不慣れな青年の我慢はもはや限界をとうに超していた。
「ねぇよッ!」
「静雄ッ」
 新羅の叫びと同時に、静雄の拳が臨也の座っていたソファの背を突き抜ける。静雄が臨也を狙わなかったのか、臨也がとっさに避けたのか、恐らく両方だろう。臨也の精神が「普通」になったと言っても、静雄から逃げ続けた身体能力が消えてしまったわけではないようだった。
 それでも臨也はいつものような笑みではなく、やや真面目な表情を浮かべて静雄を見上げる。
「俺のせいもあるだろうから敢えて言わせて貰うけど…シズちゃん。止めた方がいいよ?こうやって感情に任せて暴力を振るうのってさ。結局はシズちゃんが損をすることになるんだから。」
「…………ッ手前一体どの口が言って」
「だから、うん。そこは悪いと思ってるよ?でもシズちゃんが自覚しないと変われないだろうし…俺なら今みたいに多少は避けられるけどさ?本当にいつか人を殺しちゃうことになったら大変だろ?」
「いざ」
「静雄。」
 や、と怒鳴ろうとした静雄の声を遮ったのは新羅だった。静雄に顔を向けてゆっくりと首を振る。
「少し頭冷やしてきなよ。」
「……………………、…、そう、する。」
 言いながら静雄は新羅と臨也から視線を反らす。乱暴に拳を引き抜き、逃げるように部屋を後にする。バタンと扉の閉まる音が響き、後には最初の2人だけが残された。
 それを合図にしたように臨也が溜め息をつく。
「やっぱりそうそう許しちゃくれないか。そりゃそうだよね。大分酷いことしてきたし。」
「それだけでもないと思うけどね…で、臨也?」
「うん、何?」
 新羅の問いに臨也がぐるりと視線を新羅へ向けて首を傾げる。
「普通の会社に入るって、本当?」
「まあね。突然消えるのも色々不味いだろうからもう暫くは情報屋も続けるけど…将来的にはそういう方面から足も洗おうと思ってるよ。」
「そっか。」
 臨也の言葉に新羅は吹っ切れたといった風に頷いて、白衣の内側から何枚かの名刺を取り出し、臨也へと差し出した。
「何これ?」
「まあ時期も中途半端だしいきなり仕事を探すのって難しいだろ?」
 臨也の疑問に対し、新羅が柔らかい笑みと共に答えを口にする。
「俺って仕事上幾つか知り合いがいる会社もあるからさ。取り敢えず入社試験の取り計らいくらいはしてあげるよ。」



まさかの前後編!
普通の臨也君を書くのが異常に難しいですがとてつもなく楽しいです。
そして新羅さんがマジで格好良い。