非常識シティヒーローズ

[首無しライダー]
池袋に存在すると噂される都市伝説的存在。黄色のヘルメットと黒いライダースーツを着て黒いバイクに乗っているというのが一般的なイメージである。ヘルメットの下には本当に首が存在せず、また影のような物を用いて鎌を生成するという。度々池袋の報道番組でその姿が映されることがあるが、それがやらせなのか実際の映像なのかは不明。
一説にはアイルランドの妖精「デュラハン」ではないかとも噂されているがこちらも真偽は不明である。
黒バイク、黒ライダーなどとも呼称される。

インターネット百科事典『文車妖妃』より


 「首無しライダー」。そんな奇想天外な噂を聞きつけて、私はその日遂に池袋の街に足を踏み入れた。田舎から出て来た私からしてみればもう池袋という街そのものが異世界のように感じるのだが、ここに本当に異世界の生き物がいるというのだから、これで胸を高鳴らせるなという方が困ってしまう。
 しかし、都市伝説というのはどうやって探せば見つかるのだろうか?取り敢えずテレビでよく見掛ける60階通りに来てはみたが…。
 ぐるりと通りを見渡していると、ふと声を掛けられた。
「おーねーえーさん!見ない顔だけど、池袋は初めてだったりしちゃったり?」
 見ると、見るからに軽薄そうな少年…高校生くらいだろうか?が、こちらに向けてにっこりと笑っていた。
 これがよく話に聞く、「ナンパ」というやつなのだろうか。流石は東京、と心の中で感心しながら私は彼にそうだと頷いた。
「やっぱり!そうだと思ったんですよ、お姉さんなんとなく都会の雑多な空気よりもっと澄んだ空気が似合いそうだったから!」
 よく口の回る少年だ。素直に田舎者と言ってくれても私は怒ったりしないのだが…。
 私が黙っている間にも少年の口上は続く。
「初めての池袋!迷ってませんか?心細かったりは?なんなら俺が案内してもいいですよ、いやむしろさせて下さい!お姉さんみたいな美人さんになら俺、どこだって案内しちゃいますよ?こう見えても俺、この町にはちょっと詳しかったりしちゃうんで!何か見たいところあります?サンシャイン?芸術劇場?東急ハンズ?ジュンク堂?あれならアニメイトなんかでもいいっすよ俺!いやお姉さんはそういうタイプじゃないですよねえ!」
 私は少年の言葉自体は殆ど聞き流していたが、しかしその流れるような内容から少年がどうやらこの街に詳しいらしいことだけは確信する。
 これはちょうどいい。私は少年に「首無しライダー」のことを訊ねてみることにした。
「いやあ、すみません。俺の知り合いにそういう女の人がいるもんで…いや嫉妬はなしですよ?今はお姉さんが一番なん――へ?首無しライダー?」
 少年が私の質問にきょとんと動きを止める。
「黒バイクのことですか?お姉さん、どこでそれを…ネットで見た。なるほど…うーん、黒バイクか…。」
 少年が難しい顔をして黙り込む。やはり都市伝説ではいくら街に詳しくとも知っている人ばかりではないのだろうか?私は知らないならいい、と言って断ろうとしたのだが、それより先に少年が口を開いた。
「いえ、すみません。まさかお姉さんみたいな人が黒バイクに興味あるとは思わなくって。」
 それは心外な。そう思ったが、私は何も言わずに少年に先を促す。少年は少しの間を置いて、勿体ぶるように告げた。
「まあ正直に言っちゃいますけど…居ますよ、黒バイクは。首の有無は俺も見たことがないので分からないですけどね。」
 なんと、私は最初から当たりを引いていたようだ。
 首の有無はともかく、居ると分かるだけでも違う。私は更に突っ込んだ質問を試みた。
「どこで見られるか?それは色々話もありますけど…一番有名なのはこの先ですかね。大通りがあるんですよ。そこで見たって話はよく噂になってます。」
 話は聞いてみるものだ。
 私は有難うと告げると、通りの奥へ向かって歩き出そうとした。すると、少年が慌てた様子で声を掛けてくる。
「あッそこに行くまでお姉さんデートのお時間は?」
 …そう言えばこの少年は、私をナンパしに来ていたのだったか。
 私は立ち止まって少し考え、まあ黒バイクの情報をくれた恩もあるし、取り敢えず連絡先の交換だけして少年と別れた。
 携帯電話に表示された少年のプロフィールを眺める。紀田正臣。やはり高校生らしい。なんとなく四角い字面だなと私は実にどうでもいい感想を持ちながら携帯を閉じ、改めて歩き出しつつ通りを見渡す。
 さほど広くない通りに人がひしめき合って、これが芋洗いかと少し驚く。地元では考えられない情景だ。誰もが思い思いの格好をして歩き回っており、池袋という街のバラエティー豊かな様子がそれだけで伝わってくる。先ほどの紀田少年のような学校帰りの高校生から、これからが仕事の時間であろうバーテンダーまで、まさしく老若男女という表現が相応しい。…うん?今チラシを配っていたのは黒人だったろうか、なんとこの街は世界の壁まで越えているというのか。
 これならば異世界との壁だって越えていておかしくないではないか。私は期待に胸を膨らませて通りをまっすぐに進み、やがて大通りとの交差点にたどり着いた。
 …あの紀田少年は、確かここで首無しライダーの目撃情報があると言っていたが…。
 しかし相手は都市伝説なのだ。そう簡単に見つかるはずもあるまい。私は根気よく待とうと心に決めて、横断歩道の前に立ち止まった。
 その、時だ。
 俄かに周囲がざわめく。
 私はまさかと思って周囲と同じ方向に視線を向ける。

 馬の、嘶くような音がした。

 「黒バイクだ!」「初めて見た!」「携帯!写真を…」「首無しライダー!」
 周囲の声が遠くに聴こえる。
 私はただその黒い影の塊に視線を注ぎ込む。
 まさか初日に見られるとは思っていなかった。
 本当だ。本当だった!私の目の前に都市伝説がいる!異世界の住人が!御伽噺の存在が!!
 私は思わずバイクの進行方向に駆け出していた。何かを考えていたわけじゃない。ただ、体の動くに任せて走り出す。
 この池袋という街に。「それ」は確かに存在していたのだ。例えばどこの世界にもその場所の「主」がいるとするならば――きっと「あれ」は池袋の「主」に違いない。池袋に舞い降りた「首無しライダー」―――!
 走る。走る。走る。バイクを追って走る。どんどん距離が離れていく。駄目だ。追い付かない。バイクが角を曲がるのが見えた。せめてあの角まで、あの角まで――
 角を曲がる。もういないだろう。半ば諦めながら路地を覗き込んだ私の目に、奇跡は確かに映った。
 そこには2人の存在がいた。一方は黒いコートに身を包んだ眉目秀麗な男。そしてもう一方は――首無しライダー。
 あまりにも出来すぎた「偶然」に私は思わず立ち止まる。
 これは本当に「偶然」なのか?
 こんな都合の良い「偶然」が存在するものなのか?
 その時立ち止まった私に向かって、首無しライダーと話していた男がひらりと手を振った。
「やあ、来るだろうとは思ってたけど本当に来たね。

 ――「現実では」初めまして。」

 その爽やかな声に私は頭の中ではてなを浮かべてしまう。
 この男は何を言っているのだろう?
 混乱する私に、男は相変わらずの笑顔で続ける。
「ああ、ごめんごめん。分からないよね。ならこう言い直そうか?現実では初めまして。俺は折原臨也。宜しくね?――**さん。」
 男――折原臨也の言った名前に私は驚く。それは、私が首無しライダーのことをインターネットの質問サイトで訪ねた時に用いたHNだった。つまりこの臨也という男はその時に答えてくれた人だということなのか?
 私がそう問うと、臨也が肯く。
「その通り。いや、実は俺は首無しと「知り合い」でね。君が今日池袋に来るって聞きつけて、会わせてあげようと思ったのさ。感謝してくれて構わないよ?」
 臨也の言葉に私は呆然とせざるを得ない。今日ここに来ることは確かにブログには書いてきたが、質問サイトに書いた覚えはない。HNも違う筈だ。それなのに…
「あ、驚いてるね?あはは、君みたいな好奇心旺盛な子のそういう表情を見るのは好きだよ。そうだね…種明かしをしてしまうと、俺は所謂情報屋って仕事をしていてね。君の情報ももちろん――」
 臨也の言葉が途切れた。苦い顔をして、舌打ち。何事かと思って首を傾げていると、私と臨也の間にドォンという轟音と共に何かが落ちてきた。
 ………交通標識?
 ……………何故こんなものが、空から?
 もはや何がなんだか分からない私に、降ってきた交通標識の向こう側から臨也の声が響く。
「ああ、ここからが本題だったのに君は運が良いようで最悪らしい!じゃあね、**さん!どうか殺されないことを祈ってるよ!」
 殺される?何に?
 立ち尽くす私を残して臨也のものであろう足音が遠ざかる。
 それと入れ替わるように、別の声が割り込んだ。
「いーざーやーくーん?」
 臨也とは対照的に低い声だ。そこに含まれた怒りの感情を読み取って、私は思わず振り返る。振り返って、凍り付く。

 その男は、側にあった街灯を「軽々と引っこ抜いた」。

 ―――――ッ
 臨也の言葉を私は理解する。そして同時に、先ほどの交通標識を投げたのが目の前の男であることも理解する。
 よく見ていたなら、私は男が先ほど60階通りで見掛けたバーテンダーであることに気付いていただろう。
 しかしその時の私にそんな余裕があろう筈もない。私はただその場に縫い付けられたようにその長身の男を見上げていた。男はその怒りに満ちた眼光を私に向けた。
「あ?手前さっき…」
 殺られる!
 そう思って反射的に目を閉じた私に、男の驚いたような声が聞こえた。
「…ってセルティじゃねえか。お前何やってんだよこんなとこで?」
「………。」
「え?臨也の野郎の仕事?んなもん断れよ。俺が許す。」
「……………。」
「『仕事として依頼された以上仕方ない?』…律儀だなお前。分かった。俺が二度と依頼されねえように息の根止めて来てやる。」
 そのまま、男は走り去った…ようだ。街灯を持っているとは思えないスピードで足音が遠ざかっていく。いや、持っている時点で理解出来ないのだが…。
 私はそっと目を開ける。しんと静まり返った路地。ゆっくりと顔を上げると、そこには首無しライダーの姿があった。
 そこでやっと私は思い出す。私はそもそもこの首無しライダーを追ってこの場所に来ていたことを。
 首無しライダーは手に持っていたPDAに何かを打ち込んでこちらに見せた。どうやら先ほどの男が会話していた相手はこの首無しライダーだったようだ。
『大丈夫ですか?』
 都市伝説とは思えぬ常識的な言葉に毒気を抜かれながら、私はコクリと肯く。
『それは良かった。あの2人は非常識だから…驚かせてしまってすみません。』
 いや、首無しライダーに全く責任はないのだが…そもそも噂が本当なら首無しライダーこそ非常識の塊なのではないのか?
 私が素直にそう問うと、首無しライダーはハッとしたようにPDAを打ち込んだ。
『そう言えば、そうでした。』
 その解答に私は心の中で首を傾げる。まるで非常識であることを肯定しているかのようだ。
 そう言うと、首無しライダーは驚くほどあっさりと肯いた。
『見たいですか?』
 そもそも私の目的はそこにあったのだ。
 私が間髪入れずに肯くと、首無しライダーはヘルメットを外し――
『…驚かないんですね。』
 ヘルメットの下には確かに首がなかった。それでも何の動揺も見せない私に、首無しライダーが不思議そうにPDAを差し出してくる。
 私はくすりと口だけで笑った。もちろん、私自身が確信していたからというのもあるのだろうが――
「さっきの2人のインパクトが強すぎて…」
 私の言葉に、首無しライダーが微かに笑った、ような気がした。
 その証拠に、PDAにはこんな文字が並んでいた。
『ああ…あの2人なら仕方ないですね(笑)』

 今日も池袋は眠らない。
 高校生も、新たな客も、都市伝説も飲み込んで、街は回り続ける。
 街の「主」は一体だあれ?